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今月の言葉

2018年2月1日

パブ

はじめに、「英国の食い物はまずい」という俗説への反論から書き始める。

 この稿の筆者に言わせれば、そのような偏見を流布したのは、世界の料理大国フランスの人々とその与党であろう。だが、フランスとイギリス、パリとロンドンの食い物の違いは、いわば京と大阪のそれになぞらえることが出来る。上流階級が食する高級料理といえばパリのミシュランの星が付いたレストランや京都の料亭が思い浮かぶ。が、庶民の食するものは、たこ焼き、お好み焼き、串揚げ、ホルモン等々どれをとっても、食い倒れの町大阪に軍配が上がるように、英京ロンドンでは庶民の食い物が美味しいのである。

 この稿の筆者は、その昔ロンドン育ちの日本人のお嬢さんとお付き合いがあったのだが、「ステーキ・アンド・キドニーパイの味を知らないで、ロンドンの食べものをうまいとかまずいとか言わないで欲しい」と言われ、英国の巷のパブで、厚手のパイ生地の中にグレービーたっぷりのソースと、牛肉と牛の腎臓が(まさにもつ煮込みよろしく)沈んでいるものを食して、なるほどと納得した。このパイのお相手には、エールかスタウトという上面発酵酵母を用いた黒ビール(日本で有名なのは「ギネス」だろう)がよろしい。

 そのお嬢さんのご指導よろしきを得て、筆者はすっかり英国のパブが好きになり、英国滞在中通い詰め、しまいには「明日死ぬと言われたら、最後の晩餐はローストビーフのサンドイッチにギネスを半パイントかな」などと考えるようになった。

 パブというのは、英国の飲み屋のこと。Public Houseの略なのだそうで、Private Clubの反対。通りすがりの人が誰でも入ることが出来て、「知らぬ同士が、小皿叩いて、ちゃんちきお袈裟」の世界である。その昔は、上流の人も下流の人も、みんなパブに飲みに来たそうで、1階が立ち飲み屋、2階がゆっくり静かに座ってお話しが出来るスペースとかに別れていたのだそうだが、「ゆっくり静かに」の方は、次第にレストランや倶楽部となって上流階級付きで独立していき、前世紀の初め頃までには庶民の立ち飲み区画が残ってパブと呼ばれるようになったのだそうだ。まあ、今でも大きなパブに行くと片隅に「ゆっくり静かに」の名残のような、「この先紳士用」みたいな間仕切りが残っていたりはするのだが。

 さて、パブは立ち飲みであることの他に、二つほど際だった特徴がある。一つは、cash on deliveryという支払い方法。要するに、注文の都度ビールや料理の一杯一皿と引き替えに現金で支払うのである。もう一つは、buying a roundと言って、一グループの一回の勘定は、ある特定の人物が持つという習慣。なんでも、対等な仲間内では、毎回勘定の持ち主を輪番制にしてつじつまを合わせるのだとか。言い忘れたが、パブの主たる飲み物は、もちろんビールである。ビールにも、ピルスナー、エール、スタウトなどいろいろなタイプがあって、昨今は多数のブランドを取り揃えている店が増えてきている。

 最後に、もう一つ筆者の大好きなパブの料理を紹介しよう。それは、ploughman lunch。直訳すれば「百姓の昼食」。パンとチーズと野菜とピクルスで一皿、それと半パイントのエール。質素きわまりない農民の昼食のようだが、これが何ともうまい庶民の味なのである。