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TOPATO通信わざわざ放棄をしなくても… 5309号

ATO通信

5309号

2018年2月28日

阿藤 芳明

わざわざ放棄をしなくても…

 お客様の相続に関するご相談で多いものの一つに、”相続放棄”があります。相続放棄と言うのは、民法上の手続きで、これをすると一切の権利義務を承継することができません。良きにつけ悪しきにつけ、総てのしがらみから逃れられ無罪放免。これと似たものに、結果的には相続財産を取得しない事は同じですが、0の財産の取得があります。では、一体何が違うのか…。


1.相続放棄は民法上の法律行為

 相続の放棄とは、相続人が相続を拒否する意思表示のことです。単に何ももらわないことではありません。原則的には相続の開始後3ケ月以内に家庭裁判所に申し出る必要があります。その申し出を受けた裁判所は、それがその者の真意かどうかを確認し、真意と認めた場合には、放棄者は初めから相続人とならなかったものと見なされます。従って、相続放棄が確定すると、他の相続人はそれだけ相続分が増加することになる訳です。放棄をすると、プラスの財産を承継しないばかりでなく、負債についても責を逃れられるため、マイナスの財産がプラスの財産より多い場合には、放棄の手続きにより一切の権利義務を生じさせなくすることができます。その意味では一種の救済策と考えてもいいでしょう。


2.似て非なるものが0の財産の相続

 遺言がなく財産分けを相続人による分割協議によって行うとしましょう。分割協議そのものは、相続人全員の合意がなければ成り立ちません。つまり、全員の総意なのです。その中で相続人によっては何らの財産も取得する意思のないこともあるでしょう。例えば夫婦に子1人の家庭で父が亡くなったとします。相続人は妻である母と子の2人になりますが、財産が少額で老後の生活を考え母親が総ての財産を相続するとしましょう。この場合でも、分割協議書には何も相続しない子も署名押印は必要なのです。子は何も相続しませんが、これは放棄とは言わず、0の財産を相続したと言う事になるのです。放棄とは前述のように家庭裁判所に申し立てをし、法律上の権利義務を問われないようにするための手続きなのです。
 従って、この親子のケースで分割協議書に財産Aと財産Bを母親が相続する旨の記載がなされていると、後日別に財産Cが発見された場合、財産Cについて別の分割協議書が必要になります。財産Cが大きな負債であれば、母がその責を負えない場合、子にもその責任は追及されることになります。そこが相続の放棄と大きく異なる部分です。


3.遺言がある場合

 一方、遺言がある場合はどうでしょう。遺言で誰それに何々を相続させる旨の記載があれば、基本的にはそれに従うことになりますが、遺言の種類によって扱いが異なります。先ずは法律用語で特定遺贈と言うのですが、甲土地を与えるとか、乙預金を与える等財産が特定されている場合です。この場合、相続人か遺言執行者へ放棄する旨の意思表示をするだけで、放棄が可能になります。問題は『財産の20%を与える』等具体的な財産の明示はなく、割合だけが指定される場合です。これを包括遺贈と言いますが、こういうケースでは、本来の法定相続人ではなくても、財産をもらうことを指定された人は、相続人と同じ権利を持つことになります。従って、放棄をするためには、家庭裁判所で包括遺贈の放棄の手続きが必要になるのです。


4.相続税の計算への影響

 それでは(1)相続の放棄と(2)0の財産を取得した場合で、相続税の計算にどれ程の相違があるのでしょうか。初めに基礎控除ですが、放棄をしようが0の財産を相続しようが、3,000万円に600万円×法定相続人の数が基礎控除の金額です。この場合の法定相続人は、放棄がなかった場合の数ですから、その計算に何ら変わりはありません。また、税率を乗じる計算にも影響はありません。


5.放棄をしても生命保険金は受け取れる!

 相続税は民法上で財産とされるものだけに課税される訳ではありません。通常の財産の大半は民法上の財産と考えていいでしょう。しかし、相続税法ではそれに加えて、本来は民法上の財産でないものでも、財産と見なして課税するものがあるのです。みなし相続財産と言いますが、代表的なものとして生命保険金、退職手当金等が挙げられます。
 相続放棄の手続きは、何度も言うように民法上の手続きです。従って、放棄をしてもそれは民法上の財産についてだけなのです。このみなし相続財産は、民法上の財産ではないので、保険金の受取人に指定されていれば、放棄をしても受け取れます。退職手当金も同様です。
 今まで見てきたように、4.の(1)と(2)は一見したところ変わりはないように思われます。しかし、法的に権利義務が生じないようにする必要がないのであれば、わざわざ放棄の手続きはしなくてもいいでしょう。0の財産を取得する、こんな考え方もあるのです。

※執筆時点の法令に基づいております