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同族会社に対する貸付金を解消しよう!

同族会社に対する貸付金は、相続財産ですから、遺産分割や相続税の対象になります。
 同族会社では、開業資金や事業資金を社長が立替えることが多々あります。そのような立替が長年にわたり繰り返されると、その金額はどんどん大きくなっていきます。相続が発生した際、会社がその借入金を一括返済できれば問題はないのですが、資金繰りが苦しい場合は貸付金が回収できないので相続税の納税資金に困ってしまうことになりかねません。また、貸付金の金額が大きいと相続人間の遺産分割でトラブルの原因になる恐れもあります。
 このような事態に備えるにはどうすればよいでしょうか。

1.相続税における貸付金の評価

同族会社に対する貸付金は、原則として、元本と利息の合計額で評価することになります。
 例外的に、相続開始時の状況からみて、手形交換所等において取引停止処分を受けるなど経済的に破綻しており、貸付金の回収が不可能又は著しく困難と認められるときに限り、回収不能部分は元本に含めないことができることになっています。
 しかし、貸付金を相続税の対象にしなくともよいと税務署に認めてもらうのは、相当ハードルが高いといわざるをえません。赤字経営や債務超過であっても、そのような会社は世の中にたくさんあって営業を続けています。また、会社の借入金の大部分が役員借入金である場合は、銀行借入金とは違い、会社は返済を迫られることで運転資金を欠くことがありません。このようなことから、同族会社に対する貸付金は、その会社が債務超過で実際に全額回収が難しいような場合でも相続税がかかってきてしまうのです。

2.相続前の対策

同族会社に対する貸付金の解消方法をいくつかご紹介したいと思います。
 (1)役員報酬の減額
 役員報酬を減額して、その減額分を貸付金の返済に充てます。役員報酬の変更なので、決算後3か月以内の変更が必要なこと、役員報酬の額にもよりますが、長期間かかることに留意が必要です。また、会社は、役員報酬の減額分だけ経費が減ることになりますので、法人税が増えることになります。
 (2)債権放棄
 貸主が貸付金を放棄することで貸付金は消滅しますが、会社に債務免除益が生じて法人税がかかります。法人税がかからないよう繰越欠損金の範囲内で放棄を行うか、又は経費となる大きな支出がある決算期に行うなど、実行のタイミングが重要になります。
 (3)貸付金の贈与
 贈与税の基礎控除110万円を利用して貸付金を贈与します。相続人の配偶者や孫など多くの親族に長い期間で贈与すると効果がより高くなります。留意点は、貸付金の解消に時間がかかることです。令和6年以降、生前贈与の加算期間が7年に延長されたので、早めに贈与を実行する必要があります。また、贈与をしても貸主が変わるだけで、問題が根本的に解決したわけではないので、いずれまた対策が必要になります。さらに、贈与を受けた親族間で不仲となれば、貸付金の返済を求められることもあります。
 (4)DES(デット・エクイティ・スワップ)
 貸付金を会社の株式と交換すると、貸付金が会社の株式に変わるので、相続税の評価額が下がることがあります。ただし、資本金が増えるため、法人税が増えることがあるなど気を付ける点がいくつかあります。

3.相続後の対策

 事業を継続しない場合には、相続税の申告期限までに会社を解散することも考えられます。その場合は、実際に解散で回収できた金額で評価します。
 しかし、相続後の解散は最終手段と考えていただいたほうがよいでしょう。回収不能の判断時点は、あくまで相続開始時であり、相続後の解散は貸付金の回収不能部分の判断に影響を与えないとする事例が散見されるからです。

4.まとめ

 会社と社長のお財布は一体のような感覚があると思います。しかし、社長の同族会社に対する貸付金を会社から返済を受けないままにしておくと相続財産になります。遺産分割の対象になるため、遺言が無い場合、相続人間での争いの種になる可能性があります。会社を引き継がない相続人が貸付金の回収を主張することも考えられます。
 前述のとおり、相続前の対策は、長時間かかるので計画的に進める必要があり、相続後の対策はハードルがとても高いです。この機会に、会社に対する貸付金について対策をお考えになっていただきたいところです。もし、ご心配になりましたら、ぜひエーティーオー財産相談室にご相談ください。

2024年10月15日

個人から同族会社への土地売買で注意すること

 令和6年分の路線価が7月に公表され、全国平均が3年連続で上昇したようです。東京23区の新築マンションの平均価格も1億円を超えており、不動産価格が上昇しています。さて、法人化をする際など不動産を法人へ売却する時の金額は、どのように考えれば良いのでしょうか。

1.個人から同族会社への土地売買を検討します

 個人が土地を売却すると、譲渡益に対して譲渡税がかかります。譲渡税は、長期譲渡の場合は所得税と住民税を合わせて約20%です。
 自身や親族が株主である同族関係者への売却は、第三者への売却と違い、譲渡税の負担を抑えるためになるべく低い金額で売買をしたいと考える方もいると思います。しかし、時価(相場)よりも低い金額での売買は税務上リスクを伴いますので、いくらで売買するか検討が必要です。
 今回は、株主である個人から同族会社へ土地を売却するケースを、事例を用いて考えてみたいと思います。

2.事例の前提条件

・土地の売買金額 10,000千円
・土地の時価   30,000千円
・売主 個人A
・買主 同族会社B(株主は個人Aが100%)

3.売主 個人Aについて

 売主である個人Aは、売買金額が時価の2分の1未満であった場合に問題が生じます。時価の2分の1未満で売却した場合には、実際の売買金額ではなく、時価で売却したものとして譲渡税を計算しなければなりません。
 上記2の前提条件を基に考えてみますと、
 【時価の2分の1未満であるかどうか】売買金額10,000千円<時価30,000千円×1/2=15,000千円
 上記のように、売買金額は時価の2分の1未満となりますので、時価30,000千円で売却したものとして、譲渡税を計算することになります。仮に長期譲渡(税率20%)に該当し、取得費を概算取得費の5%とした場合(譲渡経費なし)の譲渡税は、以下の通りです。
 【譲渡税】30,000千円×95%×税率20%=5,700千円

4.買主 同族会社Bについて

 次に、買主である同族会社Bについて考えていきます。法人は利益を得ることを目的として経営を行うものですから、その取引は時価で行われることが原則です。
 したがって、同族会社Bが土地を時価よりも低い金額で譲り受けた場合には、売買金額と時価との差額を受贈益として、法人税等がかかります。
 上記2の前提条件を当てはめて考えてみますと、土地の購入金額は時価の30,000千円となり、以下の金額が受贈益として同族会社Bの利益になります。
 【受贈益】時価30,000千円-売買金額10,000千円=20,000千円
 上記の受贈益に対して、法人税等がかかります。法人税等は、所得金額が800万円以下であれば約25%、800万円を超える場合は最大で約35%です。
 なお、上記3で、個人Aは時価の2分の1未満で売却した場合は時価により譲渡税を計算するとご説明いたしました。しかし、法人の場合は、時価の2分の1未満であるかどうかの判定がありませんので、注意が必要です。

5.(参考①)同族会社Bに個人A以外に株主がいる場合

 上記4までは、同族会社Bの株主は、個人Aが100%株主を想定していましたが、個人A以外にも株主がいる場合は、他の株主に対して贈与税がかかるケースがあります。
 贈与税がかかるケースは、個人Aが同族会社Bに対して、土地を時価よりも著しく低い金額で売却したことにより、同族会社Bの株価が上昇してしまう場合です。
 その場合は、個人Aから他の株主に対して上昇した株価相当の贈与があったということになります。

6.(参考②)時価の2分の1以上であっても同族会社の行為計算否認に該当する場合があります

 上記3にて、個人Aは、売買金額が時価の2分の1未満であるかどうかを判定しましたが、時価の2分の1以上であっても問題になるケースがあります。
 同族会社の行為計算否認と言われているもので、その譲渡により所得税の負担を不当に減少させると認められる場合には、時価で売却したものとして譲渡税を計算することになります。
 過去には、土地を第三者へ売却する際に、地上権部分を繰越欠損金のある同族会社を経由して取引したもので、同族関係者間であるがゆえに行われたとして適用された事例があるようです。

7.適正な時価を検討しましょう

 今回は、売主を個人A、買主を同族会社Bとしての税務上のリスクを検討しましたが、同族関係者間での土地の売買は、時価で売買をする必要があります。
 土地の時価の例としては、相続税評価額、公示価格(相続税評価額÷80%)、不動産鑑定士による鑑定評価額、近隣の類似する土地の取引事例等がありますので、事前によく検討しましょう。

2024年9月17日

相次相続控除~立て続けに相続があった場合~

 短い期間に立て続けに相続が発生してしまうと、同じ財産の移転について、相続税を複数回納税しなければならない事態が起こり得ます。そうすると、次の相続までの期間が短かった人は、長かった人と比べて相続税の負担が過重となってしまいます。
 このような場合の相続税負担を軽減するため、相次相続控除という制度が設けられています。今回は、この制度の内容についてご紹介します。     

1.相次相続控除とは

 相次相続控除は、相次いで相続が発生し、それぞれ相続税を納税する場合に、後に納付する相続税から、先に納税した相続税を控除するという制度です。明治時代に初めて相続税法が制定されたときに設けられました。当初は、第一次相続と第二次相続との間が5年以内の場合に、第二次相続に係る相続税から、第一次相続で納税した相続税を全額控除できました。その後の改正により、昭和25年に10年間まで期限が延長されました。また、期間の長短に応じて控除税額に差をつけ、負担の合理化が図られました。
 具体的には、
① 被相続人が、第一次相続で相続等により財産を取得し、相続税が課税されたこと
② 第二次相続で、上記の被相続人から相続等によって財産を取得したこと
③ 第一次相続から第二次相続までの期間が10年以内であること
④ 被相続人の相続人であること
相続放棄をした人や、相続人以外の受遺者は適用対象外となります。
上記の要件を満たした場合に、第二次相続に係る相続税から、第一次相続に係る相続税のうち一定額を控除することができます。

 なお、生命保険金や死亡退職金は、本来の相続財産ではありませんが、受け取った人が相続人であれば相続財産として、上記①や②に該当します。

2.相次相続控除額

 計算方法が複雑なため、具体的な数字でシミュレーションをしてみます。前提は、以下の通りです。

祖父の相続の際に父が納めた相続税…3,000万円
祖父から父が相続した財産の価額…1億8,000万円
父の相続時に相続人の全員が取得した財産の価額…1億円
子が父から相続した財産…1,000万円

① 第一次相続と第二次相続の間が2年の場合
 3,000万円×1億円÷(1億8,000万円-3,000万円)
 ×(1,000万円÷1億円)×(10-2)年÷10年
 =160万円


② 第一次相続と第二次相続の間が8年の場合
 3,000万円×1億円÷(1億8,000万円-3,000万円)
 ×(1,000万円÷1億円)×(10-8)年÷10年
 =40万円


控除額は、第一次相続から第二次相続までの期間に応じ、1年につき10%の割合で逓減した後の金額となります。

3.相次相続控除の注意点

 上記2.では、祖父、父、子の3世代の相続を例としましたが、相次相続控除の適用は親子間の相続に限りません。例えば、父から子、子からその兄弟姉妹に相続した場合でも適用があります。ただし、第一次相続のときに、配偶者軽減等を適用してそもそも相続税の納税額がなかった場合は、適用対象外となります。

4.適用漏れがないか確認を

 相次相続控除は、実務的にはあまり多くない控除です。しかし、相続が立て続けに発生した場合には、適用の可能性があります。もし、適用漏れが見つかったときは、申告期限から5年以内でしたら更正の請求をすることができますので、払い過ぎた相続税が還付される可能性があります。また、遺産分割が決まらず、とりあえず法定相続分で申告をするような場合も適用できます。
 短い期間で相続が続けて発生した方は、適用の可能性があるかどうか確認してみてください。

2024年8月19日

税務署の調査結果に不服あり!~不服申立制度のご紹介~

 7月から12月は税務調査が多く行われる時期です。
 税務署が調査した結果、申告内容に誤りがあるとの指摘や重加算税がかかると説明を受けたが、納得できずに不服がある。そんなときの救済制度に関し、私が国税局・税務署・審判所に勤務していた際の経験を交えてご紹介します。

1.税務調査終了の際の手続き

 税務調査終了の際は、調査官から調査結果の内容説明として、申告誤り等の金額とその理由などの口頭説明を受け、修正申告(期限後申告)を勧奨されます。
 修正申告の勧奨に応ずるかは、任意の選択となりますが、修正申告に応じなかった場合は調査結果に基づき更正等の処分をされます。
 なお、修正申告に応じなかったからといって、修正申告に応じた場合と比較して不利な取扱いを受けることは基本的にありません。

2.不服申立制度

 税務署長等が行った更正等の処分に不服があるときは、その処分の取消し等を求める不服申立てをすることができます。
 不服申立ては、税務署長に対する「再調査の請求」と国税不服審判所長に対する「審査請求」の選択制となっています。そして、国税不服審判所長の裁決を受けた後、なお処分に不服があるときは、裁判所に「訴訟」を起こすことができます。
 私は、再調査の請求は処分した者と審査する者が同じ税務署長なので、あまり意味がないと思います。以下は、審査請求についてご説明します。

3.審査請求できる処分は?

 審査請求できるのは、更正や決定のほか、更正請求に対する更正すべき理由のない通知、重加算税の賦課決定など、税務署長が行った不利益処分が対象です。
 ところで、調査官の勧奨に応じて修正申告した場合は、税務署長は更正等の不利益処分をしないので、審査請求できなくなります。調査結果の内容説明に納得できないときには、修正申告するか慎重に検討してください。また、調査結果の内容説明の理由が不明確だというときは、更正等では理由付記が義務付けられていますので、書面で処分の理由等を確認することができます。更正通知書の理由付記をみてから、審査請求するか決めるのも一計です。
 基本的には、処分の理由等に誤りがあれば審査請求が認められることになります。例えば、調査官の言葉遣いや態度に対する不満は、お気持ちは分かるのですが、審査請求の場面ではいわゆる苦情として取り扱われてしまいますので、請求理由にはなりません。

4.審査請求にかかる費用や期間は?

 基本的に審査請求をするために国税不服審判所に支払う費用はありません 。
 国税不服審判所では、通常要すべき標準的な期間を 1 年と定めています。この間に裁決書という書面で判断結果が郵送されてきます。

5.どんな人が判断しているのか?

 通常は担当審判官1名、参加審判官2名の合議体というものが構成され、他に調査に従事する職員が担当者として指定されます。
 審判所は国税庁の特別機関ですが、より公正な立場から判断ができるよう、原則として、3名の審判官のうち最低1名は弁護士・税理士又は公認会計士などの民間専門家から登用された者が配置されています。

6.実際に認められた割合は?

 刑事事件の有罪率は99.9%といわれていますが、税務署長の処分に関する審査請求の処理状況はどうでしょうか。
 税務署長の処分の全部又は一部がダメと判断されたものは、下表の「認容」欄になりますので、1割前後の審査請求が認められたということになります。刑事事件と比べれば、審査請求が認められる割合はグンと高くなっています。

                   (単位:件、%)

区分取下却下棄却認容
令和3年度
(構成比)
321
(14.1)
98
(4.3)
1566
(68.6)
297
(13.0)
令和4年度
(構成比)
286
(9.1)
385
(12.2)
2263
(71.6)
225
(7.1)
                          

7.税務署側の処分に当たって

 税務署は税金を集める役所ですから、不利益処分の適正性が担保されていなければ、信頼できる組織とはいえないでしょう。そのような意味で、税務署は安易に審査請求の対象となる不利益処分ができません。更正見込み案件は、修正申告見込み案件よりも多くの職員が関与して慎重に検討されますので、調査担当者が意見を通すハードルは相当高くなります。

8.まとめ

 不服申立制度をご紹介しましたが、決して積極的に活用をお勧めする訳ではありません。税務署の調査結果に納得がいかないときは、信頼できる税理士とよく相談していただき、早めに調査官にご自身の考えを伝えることが大事です。不服申立制度は、1つのツールとしてご活用いただければ幸いです。

2024年7月18日

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ATO通信

金利が上がると相続税評価にも影響

 令和6年3月、日銀はマイナス金利政策を解除しました。そして、日銀の利上げ発表と、総裁の利上げへの言及などを発端にした8月の株式・為替相場の乱高下は記憶に新しいところです。これからの動向が気になりますが、金利が変動するとその影響で相続税評価額も変わるのです。

1. 金利の影響

 日本は長いあいだ低金利の状態が続いていましたから、金利変化とその影響をあまり意識してこなかった感じがあります。実は金利が上昇すると、それだけで相続税評価額が変わるものがあります。ここでは、あくまでも金利が相続税評価額に直接影響するのであって、金利変動が時価相場に影響したということではありません。
 たとえば、定期預金の相続税評価額は、相続開始時に解約したとすれば受け取ることができる既経過利息を加算する必要があります。これは直接的なことですから分かり易いですが、この他どのようなものに影響するのでしょう。

2. 基準年利率

 その前に、まずは相続税評価額を計算するときに使う金利指標を確認しておきます。財産評価基本通達では「基準年利率」という金利指標を用いて計算することが多いです。この基準年利率は、日本証券業協会で公表される利付国債に係る複利利回りを基に算定された数値で、期間に応じて、短期(1年~2年)、中期(3年~6年)、長期(7年以上)の3区分に分かれています。
 基準年利率の昨今の推移をみると、利率が上昇傾向にあることが良く分かります。以下に過去5年程の動向をまとめました。(執筆時点では令和6年6月まで公表)

 ① 短期の利率・・過去5年は一貫してほぼ0.01%だが、令和6年3月から上昇
 ② 中期の利率・・令和4年までほぼ0.01%だが、令和5年頃から少し上昇
 ③ 長期の利率・・令和3年までは0.01%~0.25%ほどだが、令和4年頃から少し上昇
 令和6年は月ごとの適用利率を記載しました。いずれも利率が上昇してきており、長期の利率は1.50%に達しました。今年の後半にかけて、もう少し上昇しそうな気がします。

3. 著作権などの評価に影響

 著作権や特許権、商標権などは、これらから得られる将来の収入を見積もって評価します。将来得られる収入ですから、評価の際には現在価値に割戻す必要があります。そこで基準年利率を用いて計算することになります。
 基準年利率の上昇は割引率が高くなるということですから、相続税評価額は逆に減少します。つまり、著作権などの相続税評価額は、収入見込みが同じであれば今までよりも評価額が減るのです。

4. 信託受益権の評価に影響

 信託受益権は、これを元本受益権と収益受益権に分けて設定することができます。このように受益権を分けた場合にはそれぞれ別々に評価することになり、その際に基準年利率を利用します。基準年利率が上昇すると、①元本受益権の評価額は増加し、②収益受益権の評価額は減少します。元本受益権の贈与をお考えの方は、早めに実行するのが良さそうです。

5. 債務にも影響 

 土地に定期借地権を設定して賃貸している場合、賃借人からは保証金を預かるケースが多いです。相続時には預り保証金は債務として相続財産からマイナスしますが、保証金額そのものを債務計上することはできません。将来の返済ということで割引計算をしなければならないのです。その際に基準年利率を利用します。基準年利率が上昇すると債務計上できる金額は減少します。

6. 得にも損にもなる

 金利が上昇すると相続税評価額が増える、逆に減る、どちらもあり得ます。金利が上がるのを待った方が有利か、それとも不利なのか。ものによっては早めの贈与を検討する必要があるのかも知れません。



2024年10月31日

遺産分割の仕方次第で変わる相続税

 相続人の2人は、相続する土地をどのように遺産分割しようかと考えています。もし、この土地が1筆であるならば、共有で相続するのか、それとも分筆してそれぞれを相続するのか、どちらを選択するのかで相続税に大きな差が生じるかもしれません。

1.次のような土地を考えてみる

 被相続人は2棟の貸家の土地建物を所有していたとします。なお、土地は分筆されておらず、1筆の土地の上に2棟が建っている状態でした。このように、1筆の土地の上に複数の建物があるようなケースは結構あるのではないでしょうか。

 話し合いの結果、相続人甲はA棟建物を、相続人乙はB棟建物を相続することになりました。土地は1筆ですので、この場合はどのように土地を相続すべきなのでしょう。

2.共有で相続すると?

 共有財産は後々トラブルの種になる可能性が高いために共有相続は得策ではありませんが、甲と乙が親子の場合や夫婦である場合などには、一旦共有にするケースもあります。そこで、甲は土地持分の2/3を、乙は土地持分の1/3を相続する場合を考えます。一見、各棟の敷地に相当する土地持分を相続していますから、甲はA棟の敷地部分を、乙はB棟の敷地部分を相続したと本人たちは認識しているかもしれません。ところが、共有では実際には次のような考え方になります。


甲⇒A棟敷地の2/3とB棟敷地の2/3
乙⇒A棟敷地の1/3とB棟敷地の1/3

 つまり、共有では1筆の土地のどこかを特定することはできず、土地全体を持分割合で均等に所有するという考えになるのです。
 そうすると、相続税の計算では小規模宅地等の評価減に影響が生じます。甲が承継したA棟の敷地は200㎡の2/3のため、小規模宅地等の対象面積は200㎡ではなくて約133㎡です。同じく乙の対象面積は100㎡ではなくて約33㎡になります。なんと、貸家の敷地についての限度面積200㎡の全てが適用できると思っていたところ、対象は各棟の敷地面積×持分となることから相続税の負担が増加してしまいました。

3.分筆して各々相続すると?

 あくまで甲はA棟の敷地部分、乙はB棟の敷地部分を相続したいのであれば、あらかじめ土地の分筆をしてから各敷地部分を相続しましょう。この場合には、特定された各棟の敷地部分を相続するので共有のような考え方にはならず、小規模宅地等の評価減も最大限適用できます。被相続人名義のままで土地の分筆ができますので、甲と乙は分筆後の各敷地を単独相続する流れになります。

4.評価単位が変わることもある

 共有の問題点を踏まえれば、分筆して相続するのが税務上もベストだと思われたかもしれません。ところが、何事も100%はないのです。今回の事例の場合はこの考え方で良いですが、駐車場の敷地や広い貸地の場合などはそうとは限りません。共有ではなく、分筆後の各土地を各相続人が相続する場合にはそれぞれ別の評価単位になります。例えば、都内にある500㎡の駐車場を考えてみます。共有で相続するときの評価単位は500㎡のため、地積規模の大きな宅地という取扱いが適用できる可能性があります。これにより土地評価額は通常に比べて20%以上減少します。もし、相続人2人が分筆後の土地250㎡ずつを相続する場合には500㎡未満になり適用できません。このようなときは一旦共有で相続して、その後に分筆、共有物分割をして共有の解消を図れば良いのです。

5.話し合い次第 

 相続後の最終的なかたちは同じであったとしても、過程により相続税が変わる可能性があります。検討したいのであれば、相続人全員の同意のもと柔軟な対応ができる状況が前提になるでしょう。みんなで円満な話し合いができればこそ、税金もお得になるわけです。

2024年9月30日

相続税の2割加算対象外の孫養子?

 相続税の2割加算ルールはご存知ですか?配偶者や子ではなく、兄弟などが遺産を承継した場合の相続税は通常の1.2倍の金額になります。この2割加算の対象者は一般的には孫養子も含まれますが、ケースによっては対象外になることもありえるのです。

1.2割加算の対象者

 相続税の2割加算の対象者を確認しましょう。
 この制度は、①親等(しんとう)の遠い人や親族関係のない人が遺産を取得するのは偶然性が高い(いわゆる棚ぼた)、②孫が遺産を取得すると代飛ばしとなるので相続税の課税機会が減る、などを考慮して相続税の負担の調整を図る意味で設けられています。

■相続税の2割加算の対象者
イ) 1親等の血族(その代襲相続人を含む)及び配偶者以外の方
   ⇒ 兄弟やおい・めい、孫、第三者など
ロ) 上記の1親等の血族には、直系卑属が養子となっている場合を含まない
   ⇒ いわゆる孫養子(孫養子が代襲相続人となっている場合を除く)


 養子はいわゆる孫養子だけが2割加算の対象です。したがって、子の配偶者が養子の場合などは含みません。考えてみれば当然ですが、いわゆる婿養子などは対象外です。

2.加算されてもメリット有り?

 孫は2親等で相続人ではありませんが、養子になれば子と同じ1親等の血族として相続人の地位を得られます。
 相続の1代飛ばしが可能になることから、孫養子を考える方もおられることでしょう。原則として孫養子は上記1.ロのとおり相続税の2割加算の対象者ではありますが、相続税がある程度生じる方は2割増しの税金を負担したとしても最終的にはお得になります。ただし、子世代では得をせず一旦税負担が増えます。税金の先払いであり孫世代まで考えればお得なのだと割り切れる方には良さそうです。

「例」

① 親から子への相続税負担率が40%、
子から孫への相続税負担率が40%の場合
合計税負担率 ⇒ 40%+(1-40%)×40%=64%

② 親から孫養子へ直接相続させる場合
税負担率 ⇒ 40%×1.2=48%

3.代襲相続人は加算対象外

 孫養子であっても2割加算の対象から外れる場合があります。有名なケースは、孫養子が子の代襲相続人になった場合です。親より子が先に亡くなった場合などでは、孫は子の代襲相続人になります。この場合の孫はたとえ孫養子の身分があったとしても1代飛ばし的な意味合いはありませんので、原則に立ち返って2割加算の対象外になるというわけです。至極当然のことです。

4. こんな場合は対象外

 先ほどのケースはよく聞く話だと思いますが、次のようなケースではどうなるでしょう。

 甲乙は実子がいないことから、跡取りとして平成元年に養子をとりました。養子にはすでに子(孫1)がいましたが、養子縁組後に孫2が生まれました。このようなケースで孫を養子に迎え入れた場合はどうなるでしょう。実は孫1と孫2は異なる結果になるのです。

孫1 ⇒ 養子縁組前に生まれているため甲乙の直系卑属になりません。そのため1.ロには該当せず養子になったとしても孫養子の2割加算の対象外です。
孫2 ⇒ 養子縁組後に生まれているため甲乙の直系卑属になります。そのため孫養子の2割加算の対象者です。

 このように、孫養子の全てが必ずしも2割加算の対象になるということではないのです。余談ですが、孫1は甲乙の直系卑属ではないため養子Aが先に亡くなっていたとしても甲乙の代襲相続人の身分にはなれません。

5. 戸籍でしっかり確認

 孫養子という先入観だけで判断するのは危険です。まずは基本に忠実に、戸籍を調べて親族関係を整理しましょう。また、養親と養子の細かな関係性は、法定相続情報一覧図だけでは判断ができません。法定相続情報一覧図があれば万全と思いがちですが、あくまでも民法上の相続人情報を知るための資料です。実子か養子かだけで相続税の計算はできません。相続税の2割加算のほか、基礎控除の計算における養子の人数制限など、影響は多々あります。相続税の申告手引きを良く見ると、養子がいる場合は法定相続情報とは別に養子の戸籍謄本等の提出が必要と抜け目なく書いてあるのです。

2024年8月30日

未利用土地には手厳しい税の世界

 相続税の納税資金用としてすぐに売却できるようにと、土地を更地のままで所有している方がいます。駐車場等で利用しているのであれば良いのですが、特に困っていないからと未利用のままにしている土地があるとすれば、税金では結構な損をしているはずです。

1.固定資産税は非住宅用地扱い

 住宅の敷地である土地は、固定資産税では住宅用地という扱いになります。住宅用地であれば、住宅1戸当たり200㎡までの土地はその課税標準が固定資産税は1/6・都市計画税は1/3になります。200㎡を超えたとしても家屋の床面積の10倍までは固定資産税は1/3・都市計画税は2/3の負担です。このように、住宅用地として利用されている土地は毎年の維持費である固定資産税・都市計画税の負担が軽減されるのはご承知のとおりです。

■住宅用地の取扱い

区分固定資産税の課税標準都市計画税の課税標準
小規模住宅用地住宅1戸につき200㎡まで価格×1/6価格×1/3
一般住宅用地家屋の床面積の10倍まで(小規模住宅用地以外)価格×1/3価格×2/3

 建物が建っていない未利用土地は非住宅用地と同じ扱いですから上記のような取扱いはありません。駐車場などと同じように固定資産税・都市計画税の負担が高くなります。また、今は空き家で未利用だが以前は住宅として使用していたので大丈夫と思っていたとしても、管理が不適切であるとして特定空家等に該当すると住宅用地としての軽減が使えなくなる取扱いがあるので注意しましょう。
 ちなみに、市街化区域にある農地はそれが生産緑地でなければ、固定資産税の負担感は実質的には一般住宅用地と一緒です。

2. 所得税の特例が使えない

 未利用土地を売却したときに適用できる所得税の特例は実質何も無いと考えてよいでしょう。確かに、収用等があった場合の5000万円の特別控除や、低未利用土地等を譲渡した場合の100万円の特別控除という特例はありますが、これはレアケースです。
 居住用財産であれば、3000万円の特別控除や税率の軽減制度、買換えの特例などが用意されています。また、事業用資産であれば、事業用資産の買換えの特例を検討することができます。駐車場などで利用しさえすれば事業用資産になりますから、維持費を賄うためにも未利用土地として放置しておくのは何らメリットがありません。

3. 相続税評価額が高い

 未利用土地は相続税評価額が高くなります。いつでも売却ができる自由度の高い土地であるとして、いわゆる自用地評価額になるからです。他人の権利が付いていないのだから仕方がないといえばそれまでですが、もしも駐車場用地として貸し付けていたらどうなるでしょう。コインパーキング業者に土地を貸し付けた場合、それは賃借権という権利が付いた土地になります。そのため相続税評価額は自用地評価額より低くなります。減額される割合は賃貸借期間によって異なるのですが自用地評価額の2.5%~10%減になります。

■駐車場など(堅固な構築物以外の場合)の減額割合

賃借権の残存期間減額割合
5年以下2.5%
5年超 10年以下5%
10年超 15年以下7.5%
15年超10%

 コインパーキング用地の賃貸借期間は一般的には3年前後の契約が多いでしょうから、この場合は自用地評価額の2.5%減になります。貸家の敷地などでなくても多少の減額ができるわけです。贈与税の計算でも同じ相続税評価額を利用しますから、生前贈与を考える際も同じことが言えます。

4. 小規模宅地等の特例適用がない

 相続税では影響が大きな特例があります。それは小規模宅地等の特例による土地の評価減です。自宅の敷地であれば330㎡まで80%減額ができますし、不動産貸付業用の土地であれば200㎡まで50%減額ができます。もちろん、適用できる面積には限度がありますが適用面積にまだ余裕があるのであれば、未利用土地かそれとも駐車場などで利用したのかで相続税の負担に大きな違いが生じるのです。

5. 活用してこその財産

 物理的に利用ができない、買い手が付かない、などの土地は致し方ありませんが、利用や売却ができる未利用土地であれば、有効活用や組換えを考えるのが税金的には有利です。
 納税資金用の土地なのだから面倒なことはせずに未利用のままで良いのだ、という考えが必ずしもベストな選択肢であるとは限りません。

2024年7月31日

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今月の言葉

後宮

 今月は先ずアラビアンナイトの話から始めることにしたい。西暦750年頃に成立した、イスラム教主(カリフ)国、アッバース朝は現在のイラクのバクダードを都にした。そのバグダードの王宮に、妻に裏切られて女性不信に陥った王(カリフ)がいて、ハーレム(後宮)の中から夜ごとの相手を選び、だが朝になると口封じのために一夜の相手を殺してしまうことを繰り返していた。それをやめさせるために、大臣の娘が自ら後宮に赴き、王の相手をする際に、面白い話を語って翌朝の命をつなぎ、夜ごとの物語が千夜に及んだ時ついに王は、娘を許して妻として迎えたというのが、千夜一夜物語(アラビアンナイト)の能書きである。

 イスラムに限らず、それ以前の古代オリエント、アッシリアやペルシアなどでも、一夫多妻制の文化を持つ国では、王朝にハーレムと宦官がつきものであったらしい。一夫多妻制の考え方は、権力や甲斐性があって、多数の女性を養う能力のあるものだけが多くの妻を持つことが出来るというものであって、おなじ中東由来のキリスト教やユダヤ教のように、階級や社会的立場に限らず、「神と約束した一夫一妻制」をとる宗教というのはむしろ少数派であったようだ。いずれにしても、ハーレムの存在は、一夫多妻制の文化の帰結であり、権力者が「血の純粋性」を維持するために多数の女性を後宮に隔離し、他の男性に接触させないための手段であったと言える。イスラム史上最も有名なハーレムは、テレビドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」で知られる15~16世紀オスマン帝国のもので、コーカサス出身の美人奴隷を買い入れ、イスタンブールのトプカピ宮殿の奥に一時は千人に及ぶ後宮を形成したと言われている。この女性達を監督したのが、黒人奴隷出身の宦官であり、黒人の宦官長はやがて表の宰相に対する裏の最高権力者となっていったという。

 このような、後宮と宦官のセットは、儒教文化に基づく中国の王宮にも存在した。中国においても(儒教の始祖の孔子は春秋時代の人だが、それより前の)周の時代から、一夫多妻制と、後宮への女性隔離はあったようだから、必ずしもこれは儒教文化に基づくものだけとは言えず、広く東洋の一夫多妻制文化の帰結であると言える。いずれにしても、中国の各王朝においても、後宮と宦官はつきもので、また歴史的に見ても、後宮と宦官は権力抗争の主要な要素の一つであったと言える。

 ちなみに、儒教思想の下では、後宮と宦官という「裏」のシステムを経ないで、女性が「表」の権力を握ることは強く忌避された。中国史上その禁を犯して「表」の権力を握った女性は、唐の前半期に出現した則天武后(一時ではあるけれども「周」という国号を立てて女帝となった)だけであろう。

 則天武后はそれ故に自己の治政下では儒教に替えて仏教を重んじたが、その死後儒教思想が復活すると、武后の世はその斬新な治政にもかかわらず、否定的にしか評価されなかった。

 さて、我が国はと言えば、すくなくとも室町時代くらいまで、京都の宮廷に明確な女性隔離の思想はなかった。一夫多妻制ではあったのだが、たとえば源氏物語などを読むと、天皇が「血の純粋性」を維持するための努力を怠っていて、他の貴族が夜ひそかに后や妃の元に通ったりしている。

 江戸時代、徳川氏が国内安定のために儒教秩序を導入してから、武家文化の中では「大奥」という一種の疑似後宮が生まれたが、江戸の大奥が他の東洋の国々の後宮やハーレムと決定的に異なるのは、宦官を置かなかったことである。その代わりに大奥には、将軍の妻妾とは異なる役割の女性の「年寄」が存在し、この者がかなりの程度に政治的発言力も持つことになったのである。

2024年10月31日

おかずとシリアル

 シリアルと言うと、コーンフレークとかオートミールとか、なんだか箱に入っている朝食用の穀類で、西洋人が牛乳を掛けて食べるようなイメージがある。が、シリアルとは本来上記を含む「穀物」「穀類」という意味である。だから、我が国で言えば、白米、ご飯。中華の饅頭や餃子の皮、イタリアのパスタやピザ生地、みんな広義のシリアルである。で、今月はこの稿の筆者が、各国の食物の中では、「おかずとシリアル(穀物)」を一度に食するものが好みであるということを書きたい。以下後述をご覧いただければおわかりのように「おかずとシリアルを一度に食するもの」とは、概念としてはファーストフードにほぼ近い。
 先ず我が国では、なんと言っても、おにぎり及び丼ものが「おかずとシリアル」の代表選手である。
 おにぎりの起源は古く、奈良時代初期、元明天皇の詔により日本各地で編纂された「風土記」のひとつ「常陸国風土記」に「握飯(にぎりいい)」の記述が残る。また、1221年の承久の乱で、鎌倉方の武士に兵糧として梅干入りのおにぎりが配られ、これをきっかけに梅干が全国に広まったとされる。ⅰ おにぎりには丸い野球ボール型のものと三角形のものがあり、前者は帝国陸軍、後者は帝国海軍に由来するという話もある。丼ものの歴史は比較的浅く、天丼が江戸時代、カツ丼や親子丼は明治以降となる。中華料理においては、(饅頭はただのシリアルに過ぎないので)肉入りや餡入りの饅頭、春巻き、餃子等の点心類が「おかずとシリアル」の代表である。肉まんについては、諸葛孔明が南征の途上、川の氾濫を沈めるための人身御供として生きた人間の首を切り落として川に沈めるという風習を改めさせようと思い、小麦粉で練った皮に羊や豚の肉を詰めて、それを人間の頭に見立てて川に投げ込んだところ、川の氾濫が静まったという起源説話がある。ⅱ
 次に西洋に移ろう。英国代表は、サンドイッチとパイ。カード博打好きのサンドイッチ伯爵の話は以前本欄に取り上げた。フランス代表は、カスクートという細長いフランスパンに、ハムやチーズを挟んだものだろうか。意外なのはドイツ代表。ハンバーガーの起源はアメリカではなく、ドイツはハンブルクで船乗りらに売られていた料理“Hamburger Rundstück”(「ハンブルクの丸いもの」という意味で、牛肉のステーキと目玉焼きを半切のパンにのせていた)がアメリカへ伝わり、「ハンバーガー」と略称されるようになったという。ⅲ もう一つのアメリカの国民食ホットドッグもドイツ由来。ホットドッグの発祥は、19世紀中盤。アメリカへやって来たドイツ移民が、フランクフルトで食べられていたソーセージ「フランクフルター」を持ち込んだことが始まりと言われている。
 イタリア代表は、パスタとピザ。パスタがいつ歴史に登場したか、はっきりとしたことは分かっていない。古代ローマで主食にされたプルスという食べ物がその元祖と言われている。これは小麦やキビなどの穀物を粗挽きにし、お粥のように煮込んだもの。同じく古代ローマ時代に存在したテスタロイは、その粥を板状にして焼いたもので、ピッツァやラザーニャの原型に近いものと言われている。中世を迎えると、パスタを生のままスープに入れたり、ゆでてソースとあえるようになったと考えられている。13~14世紀のイタリアでは、パスタは一般家庭に普及するようになり、15世紀にはスパゲティの元祖ともいえる棒状の乾燥パスタが作られていたようだ。ⅳ
 なお、メキシコ代表としてトウモロコシ粉のタコス、トルティーヤも忘れてはなるまい。

ⅰ 一般社団法人おにぎり協会「おにぎりの歴史」 https://www.onigiri.or.jp/history
ⅱ Wikipedia 饅頭(中国) — 『事物紀原』卷九の酒醴飲食部四十六
ⅲ Wikipedia ハンバーガー
ⅳ 日清製粉グループ 小麦粉百科 パスタの起源 https://www.nisshin.com/entertainment/encyclopedia/pasta/pasta_03.html

2024年9月30日

恋愛ホース論

 昨月号の本欄では、世界の国々が経済発展を遂げて、いわゆる成熟社会になるにつれて、人民は次第に自由主義、民主主義を求めるようになり、今日先進諸国がよく言う「共通の価値観」を分かち合うようになる(と、信じたい)という話を書いた。
 一方で、成熟社会なるものには、これまでの人類社会の爆発的とも言える成長とは異なる、あらたな特徴が生じていることも見逃すわけにはいかない。
 まず「衣食足りて礼節を知る」ではないが、成熟社会においては、地球の他の国々に比較して概ね食糧は満ち足りていて、医療技術も進んでいるので、簡単に言えば、人が死ななくなる。人が死ななければ当然平均寿命は延びて、高齢化が進む。一方で、日々の糧を稼ぐためにではなく、男女が共に個人としてのやりがいや達成感のために仕事をするようになり、結果として避妊技術の進歩をベースに、結婚時期が他の社会よりおそくなり、且つ結婚しない者も増えてくる。さらに性的多様性への社会の理解も深まり、「男女が夫婦になって、社会の労働力を担う子供を産むことだけが価値」であるような社会から、価値観も多様化する。要すれば、社会の出生率が低下し、少子化が進む。以上が、成熟社会の少子高齢化と言われる現象のスケッチである。
 が、本稿で述べようとするのは、(おそらくこの少子高齢化現象とも無縁ではないのだろうが)もうすこし、社会の上部構造というか、文化や人々の心の持ちようについての話である。
 これは、この稿の筆者の世代が生きている間だけでもかなり変化してきたことなのだが、この頃の我が国では「炎のような恋愛」に身を灼く若者が明らかに減ったように感じるのである。時代をわれらの青春時代である昭和戦後期ではなく、もう少し昔の明治・大正期まで広げれば、大半の国民が親の決めた配偶者と、現在よりもかなり若年で結婚する習俗があった一方で、いわゆる「駆け落ち」や「不倫」(第二次世界大戦前の日本では、既婚女性の不倫は法律上の犯罪であった)をいとわず「炎のような恋愛」に身を託す者もまた多かったし、なによりもそうした「やっちまった」恋愛ではなく、単なる心の中で、自分の手の届かない異性を恋い焦がれる経験に至っては、おそらく数割の国民が共有していたのではないかとすら想像されるのである。翻って、今日の同棲合法、16歳以上の性交は己の判断で出来るという、たいへんけっこうな社会に生きている若者らが、どのような恋愛関係をもっているのかを考えると、「親の許しも得ずにつきあう」「一緒に住む」という環境自体は百年前の若者達が涎を流して羨ましがるであろうものが用意されているにもかかわらず、その心の持ちようは、必ずしも「炎に身を灼く」ものではないように思われる。
 それは何故か。理由は明白で、今日の恋愛には禁忌がないからである。恋というものは、禁じられるから燃えさかるのであって、何もかも許されるような「何でもあり」社会では、恋愛は、日常の飲食と同様なものに過ぎず、べつにその度に顔を赤くしたり、興奮したりするようなものではないのではないか。この稿の筆者は、上記の考えを「恋愛ホース論」と呼んでいる。すなわちホースを通過する水の量が一定である場合、ホースの口を締めて水が通過する経口の面積を小さくすれば、水は勢いよく遠くに飛ぶが、経口面積が広ければ、水はポタポタとホースの口からこぼれ落ちるのみである。よほど巨大な量の性欲の持ち主でもない限り、「何でもあり」社会の恋愛ホースで水を遠くに飛ばすのは難しい。かといって勿論、禁忌を復活せよというのではないのだが。

2024年8月30日

自由の天地

 この稿の筆者は、第二次世界大戦直後の生まれ、いわゆる戦後民主主義の価値観の中で育った。その価値観とは、第二次世界大戦の結果自由主義が専制主義(あるいは権威主義と言い換えてもよい)に勝利し、その自由主義の下、新しい世界秩序が生まれたというものである。敗れた我が国は勝者アメリカによって、新しい価値観に基づいた憲法を「与えられた」にもかかわらず、大多数の日本国民はそれを積極的に受入れ、支持した。実際筆者は今でも「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して我らの安全と生存を保持しよう」という非武装平和の理想を、困難と知りつつも涙が出るほど尊いものだと思っている。さて、自由主義の本質は何かというと、人民に対する権力の抑制である。人権宣言、三権分立、代表なければ課税なし、そして「自由、平等、博愛」。これらは、主に英国名誉革命、米国独立戦争、フランス革命という18世紀頃の欧米諸国の近代国民国家建設の中から生まれた思想であり、やがて、多かれ少なかれ後進の近代国家にも引き継がれた。尺度で言えば、「人民に対する権力の抑制」のメカニズムが機能している国が先進諸国であり、十分に機能していない国(専制主義の度合いが強い国)が後進国であるというのが、自由主義のものの見方である。しかも、20世紀に起きた二度の世界大戦において、自由主義諸国家は苛烈な犠牲を払いながらも専制主義諸国に勝利したので、20世紀の後半からは、自由主義の価値観が世界秩序の基盤となった、というのが自由主義的な理解であろう。未開の後進諸国は、近代化の過程では、一時的に専制主義の形態を取ることがあっても、経済的発展を遂げると次第に自由主義化し、先進諸国のように権力抑制の政治メカニズムを持つようになることが、予測された。
 だが、ここに一つの落とし穴がある。それは、国内では自由主義を標榜した英米仏などの近代先進国家は、同時に世界の後進諸国を植民地支配し、その植民地では多かれ少なかれ横暴な、専制主義的な支配を行っていたという事実である。先進諸国はその理由を「後進諸国は未開で即時には自由主義に耐えられない」として正当化しようとしたが、支配される側から見れば、それは自由主義の二枚舌であるとしか見えなかった。20世紀後半、これらの植民地は次々と独立を遂げ、少なくとも表面上は欧米諸国の軛を脱し、国内的には、建前上自由主義的な憲法秩序を持ったが、実際にはその「貧しさと後進性故に」かなりの程度に専制的な権力によって支配されることが多かった。
 ソビエトや中国などの共産主義諸国も、類別すればこうした発展途上の専制主義国家の一種であるとすることも出来る。忘れてはならないのは、こうした発展途上の国々では、人民がそもそも自由主義の経験を持たないことである。今日の専制主義国家の指導者、たとえばプーチンや習近平は、第二次世界大戦の結果が「自由主義の勝利」だとは思っていないだろうし、自国が経済的に発展し豊かになったとしても、人民が自然に「権力の抑制」を求めるようになるだろうとは思っていない。20世紀末、ソビエトが崩壊し、天安門事件が起きた頃には、ロシアでも中国でも人民が自然に「権力の抑制」を求めるようになったかと思えたものだが、その後の経過をみると結局の所また専制主義に回帰してしまい、21世紀前半の今日では、いわばかつての欧米諸国におけるウィーン会議体制のような反動が多くの国々に起きているように思える。それでも筆者は、ベルリンの壁の崩壊、その直前にハンガリーとオーストリアの国境を越えた東欧人民の歓喜の顔を忘れることが出来ない。
 国が豊かになれば、人民は自由の天地を求める。それは「信仰」に過ぎないのだろうか。

2024年7月31日

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