1.賃貸建物の取得と消費税還付
安 夫: |
妻が土地・建物を相続しました。かつて義父の事業用店舗でしたが、廃業後は空き家になっていました。取り壊して賃貸建物を建築する予定です。 |
税理士: |
そうですか、プランは決まりましたか?
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安 夫: |
駅前商店街にあるので、店舗・事務所用の賃貸ビルにするつもりです。遅くとも今年の9月には請負契約を締結して、完成引渡しは来年の7月末が目標です。翌8月には賃貸開始にしたいと思っています。 |
税理士: |
店舗や事務所の賃料は消費税の対象です。一方、賃貸ビルの建築費で多額の消費税負担が生じます。消費税還付の検討が必要になりますね。
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安 夫: |
消費税の還付? どういうことですか? |
税理士: |
例えば、ビルの建築費が2億円、賃料収入が月200万円とします。建築主は奥様なので個人事業者。個人事業者は全て暦年課税、すなわち12月決算ですから、 |
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支払う消費税が受け取る消費税より多いので、約1,500万円の還付が見込まれます。 |
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2.新規事業での選択届は、事業開始年の年末まで
安 夫: |
うれしいですね。でも、新たに事業を始めるとその年を含め2年間は、消費税が免税ですよね。 |
税理士: |
課税事業者を選択することができます。届出書の提出が必要になりますが…。ただし、課税事業者を選択した上で高額資産を取得して消費税の還付を受けると、その後の2年間は消費税の納税が強制されます。 |
安 夫: |
でも、1,500万円の還付金以上に納税することはないですよね。そうであれば、課税事業者の選択をします。届出書には、提出期限はありますか? |
税理士: |
消費税の届出は、事業年度開始前が原則です。個人事業者の事業年度は1月開始ですから、その前年の12月末が期限です。 |
安 夫: |
でも、事業を開始する場合、その開始年の前年に提出というのは酷ですよね。 |
税理士: |
おっしゃるとおり。そのため、新たに事業を開始したときは、その開始日の属する年の年末でOKとされています。 |
安 夫: |
来年の7月末にビルの引渡しを受け、8月から賃貸開始予定です。そうすると来年の年末までに課税事業者の選択届を提出すればよいということですね。 |
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3.事業開始日は、その準備行為を行った日!!
税理士: |
問題は、「新たに事業を開始した日」の捉え方。どのような事実をもって事業開始と考えるかです。 |
安 夫: |
賃貸業ですから、賃貸できるようになった日。すなわち、ビルの完成引渡日ですよね。 |
税理士: |
太陽光発電事業に係る事件なのですが、国税不服審判所は「事業を遂行するために必要な準備行為を行った日」を事業開始日としています。 |
安 夫: |
準備行為? 例えばどのような行為ですか? |
税理士: |
発電設備の建設のための契約締結です。奥様は請負契約でビルを建築しますから、その契約締結行為は、準備行為に当たると考えられます。 |
安 夫: |
今年の9月に請負契約を締結すると、今年の9月に事業を開始したことになり、課税事業者の選択届出書は今年中に提出する必要があるということですね。 |
税理士: |
そうです。賃貸を開始する来年に提出すると、消費税の原則的な取扱いとなり、再来年から課税事業者になります。還付が受けられないだけでなく、何もしなければ2年間免税という特典も活用できません。 |
安 夫: |
事業開始日の捉え方一つで、1,500万円の還付が吹き飛んでしまうなんて、税務は怖~いですね。 |
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4.個人事業の場合は、事業開始日に注意!!
消費税の法令は、事業開始日について「課税資産の譲渡等を開始した日」ではなく、「課税資産の譲渡等に係る事業を開始した日」と規定しています。収入の発生時期ではなく事業に係る法律行為の有無で判断するようです。
法人の場合は、その設立登記日より前に事業が開始されることはありません。一方、個人の場合には登記等は不要です。頭の中で考え、それが具体的な行動に移り事業が開始されます。賃貸事業の場合は、業者からプランを取り寄せ、あれやこれや考えた上で請負契約に至るのが通常です。プランを考えているだけでは、実行するか否か定かではありませんが、請負契約などの具体的な行為に至れば事業開始と判断されることになるのでしょう。
「新たに事業を開始した日」は、例えば、店舗の賃貸借契約の締結日、商品仕入れの開始日など、事業の種類により様々な事象が考えられます。消費税還付の検討に際しては、具体的な法律行為の実行が事業開始の判定基準とされる点に注意が必要です。
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