今から三十年以上もむかしのこと。この稿の筆者は、広告宣伝の世界に身を置いていて、ICカードというものに興味を持った。その事情を先ず述べたい。
たとえば、当時民放の全国ネットでプロ野球中継の間に30秒のテレビコマーシャルを流すとすると、およそ1000万円かかった。筆者はビールの宣伝担当であり、プロ野球中継は、ビール広告に最も適した媒体の一つであった。だが、その最適の媒体であっても、実際には視聴者の四割近くは、ビールを飲まない人(たとえば、未成年者とか、成人であってもそもそも酒を飲まない人など)であり、1000万円の内400万円近くは「広告の無駄打ち」となってしまう。もし初めから、ビールを飲む人というのが特定されていて、その人にだけ届く広告メディアがあったら、もっと効率の良いマーケティングができるのではないか。筆者がICカードに興味を持ったのは、この謂である。お客様が、ICカードを持って店舗に行き、たとえばビールを買う。店舗側の端末機に、いつ誰がどのくらいビールを買ったかが記録される。その記録を集めてきてデータベース化し、「ビールを飲む人」に対してだけ広告を打つような方法はないものか、そんなことを考えたのだ。
そのころはまだ、個人情報という言葉は人口に膾炙していなかったが、お客様の購入情報を売る側が的確に知るには、いくらか困難も伴った。が、その後、インターネットなどの発達によって、たとえば筆者がネット通販で何かを購入したとたんに、売り手の側から筆者専用のメッセージが「この商品を買った方に、あの商品はいかがですか」「あなたの趣味に最適の○○はいかがですか」などと言ってくるようになったのである。世の中は筆者が思い描いていた方向に向かっているように見えた。だが、このことが思いがけない別の効果を生じさせてしまっている。それは、AIがもたらす「偏り」ということである。
今日の情報社会では、真実かフェイクかを問わず、無数の情報が乱れ飛んでいる。ところが、あなたが、SNSで何かの政治的意見や歌、料理、芸能人などの好みを「つぶやいた」とすると、たちまちAIがあなたの趣向を分析して「あなた好みの意見」や「あなたが好きそうなモノ」を選んで推奨してくる。やがてあなたは自分の意見や好みに合った情報ばかりを受け取るようになり、知らず知らずのうち、どんどん「偏った」世界に落ち込んでいく。あなたの気に入らない意見や、趣味に合わない歌は配信されてこないようになるからである。今日、某超大国の大統領や、関西の某県知事など、かなりエキセントリックで、偏ったポジションの人物が選挙で勝利してしまう理由は、自分の好きな情報ばかりを受け取って、「口に苦い情報」も比較して考えることを忘れた「偏った」熱狂的な人々が支持者の中核にいるからである。インターネットが普及し始めたとき、筆者は、一部のマスコミによって選別された情報ばかりではなく、様々な方向の違う情報を比較考量して自分の頭で考え判断できる公正な社会が来ることを期待した。が、やってきたのは、多すぎる情報の中から、自分好みのものだけを選別する「偏った」社会だったのではないだろうか。
今月の言葉
2026年6月30日
AIの偏り
