相続税の申告では、生命保険金や退職金など、遺産分割の対象にならない財産が思わぬ税負担を生むことがあります。このような財産を「みなし相続財産」といいますが、みなし相続財産を上手に利用すれば税負担の軽減や柔軟な財産の承継に活用することができます。今回は、信託や退職金を例に、要点や注意すべきポイントをご紹介します。
1.「みなし相続財産」とは?
生命保険金や死亡退職金は、遺産分割の対象にならないのに、なぜ相続税の対象になるのでしょうか、という質問を受けることがあります。法律的には、被相続人が所有していた相続財産ではないものの、相続により受け取る権利が発生するため、相続財産と同視すべきものをみなし相続財産として相続税の対象とされています。生命保険金や死亡退職金、定期金、信託の受益権等が代表的なものです。
みなし相続財産には3つの特徴があります。①財産を受け取る人が指定されているものが多いため、誰が受け取るかで争いになりにくいこと。②相続放棄をしていても受け取ることができること。③遺産分割の対象にならないため、原則、遺留分の計算に含まれないこと。この3点を押さえると、この後の話が分かりやすくなると思います。
2.信託を活用した遺産分割対策
将来の財産管理や相続に不安を感じる方への解決策として、信託契約を活用する事例が増えています。判断能力が低下しても不動産の管理に支障がないようにしたい、スムーズに資産を承継したいといったニーズに対し、柔軟な解決策を提供できるのが信託契約です。ここでは、相続手続き上の信託契約の取り扱いをご紹介します。
(1)信託受益権とは
信託受益権は、「信託財産から得られる利益を受け取る権利」をいいます。信託とは、「財産の所有者」(委託者)が事務負担軽減等の目的を定めて、「信頼できる人」(受託者)に財産を託し、運用益を「指定された人」(受益者)が受け取る仕組みです。受託者と受益者は任意に指定可能です。
(2)信託(家族信託)を活用した遺産分割対策
例えば推定被相続人が不動産について、信託契約を締結し、相続発生時の受益者を後継者に指定後、相続が生じた場合を考えます。信託契約により、信託財産の管理・運用は生前から受託者が行い、相続発生後は信託契約により後継者へ受益権が移転します。このように信託財産については遺産分割協議の手続きがなくなり、承継が円滑に進む点が大きな利点となります。ちなみに相続税では、信託契約を締結しても節税にはなりません。
3.退職金活用の具体例
次に先月のえ~っと通信で紹介した退職金を活用した相続税・法人税の節税を考えていきたいと思います。被相続人が株式を100%所有する会社の役員であった場合を前提に具体例を考えます。(会社の規模は小会社、保険差益は生じないケースとします)
・法定相続人:3人
・死亡退職金:1,500万円
1. 非課税限度額:500万円×3人=1,500万円
2. 課税対象額:0円
3. 会社の株価への影響:会社は退職金1,500万円を債務として計上(純資産▲1,500万)。小会社は株価計算上、純資産について、50%を株価に反映するため、株式全体の評価は750万円分減額されます。
4. 相続税の減額効果:相続税の税率を40%とすると、株価▲750万円×40%=▲300万円
となり、300万円の相続税が減額されます。
補足.法人税の減税効果:支給した退職金は当然、会社の経費として認められます。実効税率を約35%と仮定すると、退職金を支給したことにより、1,500万円×35%=525万円の法人税負担の軽減が見込めます。
結論:1,500万円を税負担なく遺族に渡すことができ、更に株式分の相続税を300万円分、会社の法人税を約525万円分の負担を軽減できます。会社の資金繰り等に問題がなければ、相続税対策として有効な手段となります。また、退職金については生命保険金等と違い、相続発生後に受取人を決めることもできるため、その時の状況に応じて柔軟に対応することができます。
4.思わぬ税負担を避けるための注意点
(1)受取人次第で税額が2割加算
みなし相続財産は遺産分割協議に関係なく財産を受け取る人が決まっているものが多いため、法定相続人以外の方へも遺言書なしで財産を渡すことが可能です。しかし、法定相続人以外がみなし相続財産を取得する場合、法定相続人が受け取る場合より、相続税が2割加算されます。
(2)相続放棄と非課税枠の落とし穴
相続放棄した人が受け取る保険金・退職金は、生命保険金や死亡退職金の非課税枠は使えません。生命保険金や死亡退職金でお金をもらえれば十分と思って相続放棄してしまうと、想定外の税金がかかりますのでご注意ください。
(3)遺留分の火種
みなし相続財産は原則的には遺産分割の対象や遺留分の計算から外れます。ただし、外れるからといってほとんどの財産を売却して保険金として特定の相続人が受け取る場合には、その保険金も遺留分の計算の対象になります。
5.まとめ
みなし相続財産を上手く活用すれば相続税対策や柔軟な事業承継の一助となります。ただ、そのルールは複雑で、一歩間違えれば税務上のリスクもありますので、最適な対策を講じるためにも、計画的なご準備をお勧めします。
