健康上の理由などから老人ホームに入居される方が多くなってきました。老人ホームといっても、より快適な暮らしを求めてご夫婦で一緒に入居するなど、様々な利用方法があるようです。老人ホームへの入居と相続税・贈与税・譲渡所得の留意点をご説明します。
1.老人ホームへの入居(相続税・贈与税)
老人ホームに入居する場合、月々の利用料のほかに入居一時金を支払う場合があります。入居一時金は、金額は施設によって違いますが、通常、専用居室の家賃やサービス費用等の前払分として支払うものなので、入居者が亡くなると一部が返還金として戻ってくることがあります。
(1) 親族がお金を管理するとき
税務上、入居一時金や施設利用料は、入居者自身が負担すべきものと考えるのが基本です。入居者のお金を管理する親族の方が自分のお金で入居費用等を支払った場合は、入居者にお金を貸したということができますから、きちんと管理すれば相続税で債務控除できます。そのような意味で、管理者は、将来の相続税や相続人間の遺産分割でトラブルにならないよう領収書等を保管し、記録を残しておくことをお薦めします。現実には、入居者に対する貸付金は、貸した人が相続でその債務を相続すれば、消滅してしまうためお金は動きません。
(2) 親族が費用負担するとき
入居者自身は預金がほとんどなく、入居一時金等を支払うことができない場合があるでしょう。このようなときに入居しない、入居契約の当事者でもない配偶者や子など親族が入居一時金等を支払うと、入居者に対する贈与となります。しかし、入居一時金等は、基本的に贈与税の非課税財産に該当するので、贈与税も相続税(生前贈与加算)もかかりません。つまり、親族が負担する入居一時金等は、老人ホームでの「日常(介護)生活を行うために通常必要な費用」なので贈与税がかかりません。ただし、入居一時金であっても、1億円超の高額で、フィットネスルームやプールなどの共用施設を無料で利用できるような豪華絢爛な施設の場合は、「日常生活を行うために通常必要な費用」に該当しないとされた事例がありますので、注意が必要です。
(3) 返還金の受取り
入居一時金を支払うと、退去時に返還金が戻ってくることがあります。亡くなった方が支払った入居一時金に係る返還金は相続税の課税財産になりますので、注意が必要です。なお、事前に返還金の受取人を指定しておくのが通例です。老人ホームの都合で便宜的に受取人を指定したにすぎないような場合、返還金は相続人間の遺産分割の対象財産となるため、指定受取人が貰えるとは限りません。
2.小規模宅地の特例(相続税)
住まいは、老人ホームに入居すると、自宅から老人ホームに移ります。相続直前の住まいは老人ホームとなるため、小規模宅地の特例は適用できないのではという疑問が生じます。これは、介護のために入居したなど一定の要件の下、老人ホーム入居直前の状況から、自宅を住まいとして判定することもできます。小規模宅地の特例は、自宅敷地330㎡までの評価額を80%引きできる相続税のお得な特例です。重要な特例ですから施設入居前から適用できるか検討しておくことをお薦めします。
3.居住用財産の譲渡の特例(譲渡所得)
(1) 本人居住用財産の譲渡の特例
老人ホームに入居すると、自宅の管理ができない、施設利用料を捻出するためなど、自宅の売却を考えることもあるでしょう。入居者が所有する自宅を売却したときは、住まいとして使わなくなってから3年を経過する年の年末までに売却すると譲渡税がお得です。一定の要件を満たすと譲渡所得から最高3,000万円まで控除することができます。さらに、自宅と敷地の所有期間が売った年の1月1日で10年を越えている場合には、3,000万円控除と併せて軽減税率の特例の適用を受けることができます。ただし、自宅を売却してしまうと、相続税ではその土地に小規模宅地の特例が受けられなくなりますので、注意が必要です。
(2) 相続空き家の特例
相続後の自宅の売却であれば、小規模宅地の特例を適用できる場合があります。被相続人がひとり住まいだった場合は、その住まいを相続した相続人が、相続後に空き家となっている家屋又は敷地の譲渡にあたり一定の要件を満たした場合、譲渡所得から最高3,000万円(相続人が3人以上の場合は2,000万円)まで控除することができます。この特例は、被相続人が相続開始直前に老人ホーム等に入居していた場合でも一定の要件の下、適用を受けることができます。ただし、相続税の一部を譲渡経費とする「取得費加算の特例」との併用はできません。
4.まとめ
介護が必要となった場合や住まいの売却には、税金の様々な優遇制度が用意されていますので、うまく使って税負担を抑えたいところです。しかし、特例適用が可能か、どちらがお得かの判定は個々の事情で変わってくるので、難しい部分があります。相続や自宅の売却は一生に何度もあることではありませんから、慎重に検討する必要があると思います。お悩みの方はご相談ください。