近年、配偶者や子である相続人が70代、80代ということも珍しくありません。そのため、高齢によって手が震えて、遺産分割協議書に直筆で名前を記載すること(署名)が難しい、という相続人が増えてきました。
1部なら何とか署名できますが、何部もとなると億劫でたまらないのです。
そういう時は、初めからパソコンで名前が印字(記名)されていて、あとは実印を押す(押印)だけだと助かると思います。
1.遺産分割協議書の作成目的
元々、遺産分割は当事者間の合意があれば成立しますので、法律上は遺産分割協議書を作成する義務はありません。
では、何故、わざわざ遺産分割協議書を作成するのでしょうか。その理由は、大きく分けて以下の3つが考えられます。
(1)相続人間のトラブル回避
(2)相続財産の取得手続きを行うため(不動産・預貯金)
(3)相続税申告のため
これらの目的ごとに、遺産分割協議書における署名・押印の必要性を考えていきます。
2.相続人間のトラブル回避
民事訴訟法228条4項は、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と規定しています。
これは、署名または押印のある文書は、その者の意思に基づき作成されたものであると”一応 認めます”、と言うことです。
また、商法32条では、「署名すべき場合には、記名押印をもって、署名に代えることができる。」と規定しています。
つまり、「署名」=「記名+押印」なのです。
民事訴訟法や商法では、自筆で氏名を書けなくても、記名と実印が押してあれば良い、ということになります。
3.不動産の相続登記
では、不動産の相続登記の場合はどうでしょう?不動産の相続登記においては自署を求める規定がありません。そのため、記名・押印で大丈夫となっています。
また、不動産登記は、自分で手続きをする方は少なく、ほとんどの方は司法書士に依頼すると思います。この場合、司法書士への委任状は署名または記名・押印となっています。
ただ、司法書士によっては、本人確認のため署名・押印を求める場合があります。
4.預金の名義書き換え
一般社団法人全国銀行協会のHPによると、「遺産分割協議書には相続人全員が署名をしたうえで実印を捺印ください」とあります。
しかし、実際は各金融機関によって、その取扱いが異なります。例えば、相続手続き上、その金融機関所定の書類に相続人の署名・押印をします。これによって本人確認ができると言うことで、遺産分割協議書まで「署名・押印」を求めない金融機関もあるのです。
そして、遺産分割協議書だけではなく、手続きに必要な書類が金融機関によって違うことが多いのが実情です。そのため、手続きをする前に、予め金融機関へ必要書類を問い合わせることをお勧めします。
5.相続税法上の取扱い
ほとんどの相続で、「配偶者に対する相続税額の軽減」または「小規模宅地等の特例」を適用すると思います。
上記2つの規定と「農地等の相続税の納税猶予」の適用を受けるときは、相続税の申告書に遺産分割協議書を添付する必要があります。
そして、相続税法では、遺産分割協議書とは「自署し、自己の印を押しているもの」と規定されているのです。
つまり、「自筆で氏名を記載し、実印を押して」ある遺産分割協議書を提出しないと、特例の適用は受けられない、ことになります。
ただ、記名・押印の遺産分割協議書を提出したからと言って、すぐにこれらの特例が適用できないわけではないでしょう。とは言え、税務署からの問い合わせがある可能性もありますから、初めから署名・押印の遺産分割協議書を提出しておきましょう。
6.まとめ
結局は、遺産分割協議書には「署名・押印」が必要となります。
とは言え、手が震えたり、手の怪我をしたりと、どうしても文字が書けない時があります。
そういう時は、他の相続人の了解を得て、「署名・押印」の遺産分割協議書は1部だけにして貰うのも1つの方法かもしれません。
税務署へは、遺産分割協議書の写しで大丈夫ですので、「署名・押印」がある遺産分割協議書のコピーを提出します。金融機関へは、その原本を渡します(手続きが終わったら返却して貰えます)。
そして、相続人が保管する遺産分割協議書は、「記名+押印」で済ますなど工夫してみては如何でしょうか。