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今月の言葉

2022年6月1日

兼 業

 昭和の頃、普通の会社の就業規則には、「職務専念の義務」とかいう条項があって、正社員(ホワイトカラーだけでなく、ブルーカラーや特殊技能者でも)は他所でアルバイトをしてはいけないものとされていた。この規則は結構厳しいもので、厳密に言えば休日に少年野球の審判をやってもお金を貰ってはいけない、終業後、夜の飲食店の仕事をするのも、音楽バンドや劇団に参加して金を貰うのももちろんいけないというもので、いわば労働者をまるごと会社に囲い込もうというような規則であった。

 なぜ、こんな制度であったかというと、おそらく「終身雇用・年功序列」制下の企業というものは、いわばムラ社会、あるいは江戸時代の藩のような存在で、コミュニティーの構成員は全人格的に共同体に帰属するのがあたりまえだという感性が根底にあったからだろうと思われる。この稿の筆者は、その頃、北九州市にある日本一の製鉄メーカーの工場が、構内に社宅のみならず理・美容室や風呂屋、ちょっとしたスーパーマーケットまで備えていて、その気になれば、工場構内から出ずに殆ど生活が成り立ってしまうのを見て驚いたことがある。

 だが、昨今では、政府が働き方改革の一環として、労働者の兼業を大いに推進しようとしている。厚生労働省の出している文書を見るとⅰ「副業・兼業を行う理由は、収入を増やしたい、1つの仕事だけでは生活できない、自分が活躍できる場を広げる、様々な分野の人とつながりができる、時間のゆとりがある、現在の仕事で必要な能力を活用・向上させる等さまざまであり、また、副業・兼業の形態も、正社員、パート・アルバイト、会社役員、起業による自営業主等さまざまである。」「副業・兼業に関する裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であり・・」と述べている。

 では、なぜ世の中の風潮が変ったのか。第一には、2000年頃からのいわゆる小泉改革によって、社会における非正規労働者の比率が増え、終身雇用・年功序列の企業ムラ社会が解体されてしまったこと。第二には、企業そのものが右肩上がりの永続的なものでなくなり、正規雇用の労働者といえども、いつ企業の外に放り出されるか知れたものではなくなったことが挙げられる。

 つまり、労働者はおしなべて会社に全人格的に帰属する存在ではなく、自分のスキルを会社に売って生活を立てる個人事業者になったのである。個人事業者であるからには、一社だけと取引する義務はないわけだし、また自分の未来を考えて、スキルを伸ばしたり、拡げたりすることも自らの責任で行わなければならない。日本の人口が減少し市場が縮小することで、かつての「24時間働けますか」のような過酷な労働が必要でなくなる一方で、収入も相対的に減少し、労働者が会社の外で収入の道を求めることをむしろ奨励しなければならなくなったという事情もある。

 さて、最後に上記に関連して、「この道一筋」という道徳が、次第に世の中に通用しなくなりつつあることを述べたい。昭和の時代には、たとえば子供の頃から野球に精進し、高校野球で活躍し、プロの野球選手になれたらば、引退後も球団のフロントに雇ってもらい、あわよくば監督、コーチの道をめざす「この道一筋」が良しとされたのである。が、今の世の中は、引退する日本代表のラグビー選手が大学の医学部に進学し直すことが良しとされる時代となったのである。

ⅰ 2018年1月策定(2020年9月改定)厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」