お役立ち情報

COLUMN

TOP今月の言葉技術移転 2024年02月

今月の言葉

2024年2月29日

技術移転

 はじめに、以下のお話は、この稿の筆者が創作した、まったく架空のものであり、企業名等実在のものを連想されるようなことがあったとしても、それは読者の気のせいだということをお断りしておく。
 さて、鈴木君と加藤君は、1980年代、Japan as No.1の時代に同じ中堅大学の工学部を出て、大手企業初芝電機にめでたく就職した。鈴木君は半導体事業部に、加藤君は家電事業部にそれぞれ配属され、地方の製造工場などに勤務した後、本社の設計部門の技術者となった。二人とも入社後の人事評価は平凡なもので、可もなく不可もなく、とくに出世に遅れることも抜擢されることもなく、主任や課長になるのもほぼ同時、給料の手取額もほぼ同額であった。
 鈴木君の事業部での仕事は、ICカード用のセキュリティ機能の高い半導体の設計。デスクの隣には、学会などでも超有名な天才技術者がいて、初芝半導体設計の固有技術を一身に担っており、鈴木君はその天才技術者のアシスタントとして、彼の発想やノウハウを回路図に落とす仕事をしていた。一方加藤君の事業部は、冷蔵庫やエアコンなど初芝が第二次大戦直後から得意としてきた消費者向けの製品を手がけており、世間からは「初芝製品は値段も高いが品質は優秀」と評価されてきた。二人に逆風が吹き始めたのは、二十一世紀に入ってしばらく経ってから。鈴木君が設計してきたロジック半導体は、「少量多品種、手数ばかりかかって儲からない」とされて、戦略製品の座から外され、事業部はメモリ半導体に特化することになった。設計部門では、例の天才技術者だけは優遇されて技師長に出世したが、他のロジック半導体の設計者は別部門に転勤させられたり、早期退職奨励制度を利用して大学や他社に転出したりして、鈴木君のデスクの周囲はすっかり淋しくなった。そんなある日のこと、鈴木君に思いがけないヘッドハンティングのオファーが来た。
 隣国で半導体事業の強化を図っているデリラ電子の設計部門から、技術顧問に招聘したいというのだ。条件はなんと3年で契約金1億円。鈴木君はすぐに「これは自分の技術力ではなく、デスクの隣の天才技術者の知見がほしいのだな」ということがわかった。たしかに初芝電機も天才技術者のノウハウは、しっかり知財として確保しており、彼が他社に流出しないように優遇もしている。
 が、天才技術者のノウハウは、鈴木君の頭の中にもすっかり焼き付いている。鈴木君もちょっと迷ったが、一生の間に1億円というお金を一度に手にするチャンスは二度と来ないと思い、デリラ電子の招聘に応じる決心をした。もちろん退職にあたっては、初芝で知り得た機密は一切漏洩しないという厳しい約束をさせられたし、鈴木君も回路図を持ち出すなど産業スパイのようなことはしなかったが、回路図は鈴木君の頭の中に残っているし、デリラ電子技術顧問になってからの指導内容が前任社の機密に触れるかどうかは何の証拠も残らないのでわからない。
 一方の加藤君の家電事業部は、初芝家電という子会社に分離されたが、初芝は隣国の安い製品との競争に負けて、家電事業から撤退することになり、初芝家電は工場ごとなんと隣国のデリラ電子に売却されてしまった。そして加藤君を待っていたのは、リストラという名の馘首通告だった。
 さてここからは、我が国が技術力において、国際競争に負けないためには、どうしたらよいのかを問う課題です。初芝電機は、自社の半導体設計技術を守るために、平凡な技術者鈴木君に1億円を出して引き留めるべきだったでしょうか。それともあなたは、鈴木君も加藤君もほぼ同能力であれば、待遇は平等、給料はほぼ同額であるべきと考えますか。