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配偶者居住権の活用方法~税額比較するとどうなるか!?~

民法の改正に伴い、2020年4月1日から施行された「配偶者居住権」。残された配偶者の居住権を保護するための新たな方策である配偶者居住権の設定登記件数は、創設当初より徐々に増えてきているそうです。具体的にどのような場合に税務メリットがあるか今回検証してみます。

1.配偶者居住権とは

配偶者居住権とは、夫婦の一方が亡くなった場合に、残された配偶者が、亡くなった人が所有していた建物に、亡くなるまで無償で居住することができる権利です。建物を「所有権」と「居住権」に分けて考え、残された配偶者は建物の所有権を持っていなくても、一定の要件の下、居住権を取得することで、亡くなった人が所有していた建物に引続き住み続けられることになります。

2.相続税における配偶者居住権の評価

細かな説明はしませんが、一次相続では建物を「所有権」と「居住権」、その敷地を「所有権」と「敷地利用権」に分けて評価します。配偶者居住権の価額は、残された配偶者の年齢が若く、配偶者居住権の存続年数が長くなるほど大きくなります。二次相続では、残された配偶者の死亡等により所有者が自由に使うことができる状態に復帰しますが、「配偶者居住権」と「敷地利用権」に相続税はかかりません。配偶者居住権を設定するかどうかで相続税が違ってきますから、今回は、父所有の自宅を相続するときの相続税を試算してみます。

<前提条件>
 ・ご自宅土地500㎡
  路線価評価額 1億円
 ・家屋200㎡
  固定資産税評価額1,500万円
 ・預金2,000万円
 被相続人  父
 相続人2名 母 子1人(別居・持ち家有)
 母固有の財産特になし

<配偶者居住権の設定要件>
 ・複利現価率0.554  (母70歳)
 ・建物の経過年数15年
 ・建物存続年数20年

3.配偶者居住権を設定しない場合の相続税額

1次相続では、小規模宅地等の特例及び配偶者税額軽減が効いて納税額が少なくなります。しかし、2次相続時には持ち家がある子の場合、小規模宅地等の特例の適用が出来ず、税負担が重くなります。

4.配偶者居住権を設定した場合の相続税額

当事例の場合、敷地利用権と配偶者居住権の合計額約6,000万円が2次相続時で課税されません。この減税効果が大きく、上記の試算の結果、配偶者居住権の設定前後の相続税額の差額は、1次・2次相続併せて約1,500万円と試算されました。

5.デメリットもあります

配偶者にとって大きなメリットがありますが、子にとってはデメリットもあります。配偶者居住権が設定されている自宅の売却は難しく、売却をするためには配偶者居住権の合意解除や放棄が必要となります。この場合子に対して配偶者居住権の価値分の贈与税が課されます。子の売却部分については、居住用の3,000万円特別控除が適用出来ず、おもわぬ税負担も発生するかもしれません。

6.最後に

家族間の人間関係や配偶者の年齢や資産状況によっては、色々と考慮しないといけない部分があります。小規模宅地等の特例適用も、子が同居、非同居で大きく変わります。適用はあくまで慎重にご検討を。ご相談は是非当相談室へ。

2024年11月15日

同族会社に対する貸付金を解消しよう!

同族会社に対する貸付金は、相続財産ですから、遺産分割や相続税の対象になります。
 同族会社では、開業資金や事業資金を社長が立替えることが多々あります。そのような立替が長年にわたり繰り返されると、その金額はどんどん大きくなっていきます。相続が発生した際、会社がその借入金を一括返済できれば問題はないのですが、資金繰りが苦しい場合は貸付金が回収できないので相続税の納税資金に困ってしまうことになりかねません。また、貸付金の金額が大きいと相続人間の遺産分割でトラブルの原因になる恐れもあります。
 このような事態に備えるにはどうすればよいでしょうか。

1.相続税における貸付金の評価

同族会社に対する貸付金は、原則として、元本と利息の合計額で評価することになります。
 例外的に、相続開始時の状況からみて、手形交換所等において取引停止処分を受けるなど経済的に破綻しており、貸付金の回収が不可能又は著しく困難と認められるときに限り、回収不能部分は元本に含めないことができることになっています。
 しかし、貸付金を相続税の対象にしなくともよいと税務署に認めてもらうのは、相当ハードルが高いといわざるをえません。赤字経営や債務超過であっても、そのような会社は世の中にたくさんあって営業を続けています。また、会社の借入金の大部分が役員借入金である場合は、銀行借入金とは違い、会社は返済を迫られることで運転資金を欠くことがありません。このようなことから、同族会社に対する貸付金は、その会社が債務超過で実際に全額回収が難しいような場合でも相続税がかかってきてしまうのです。

2.相続前の対策

同族会社に対する貸付金の解消方法をいくつかご紹介したいと思います。
 (1)役員報酬の減額
 役員報酬を減額して、その減額分を貸付金の返済に充てます。役員報酬の変更なので、決算後3か月以内の変更が必要なこと、役員報酬の額にもよりますが、長期間かかることに留意が必要です。また、会社は、役員報酬の減額分だけ経費が減ることになりますので、法人税が増えることになります。
 (2)債権放棄
 貸主が貸付金を放棄することで貸付金は消滅しますが、会社に債務免除益が生じて法人税がかかります。法人税がかからないよう繰越欠損金の範囲内で放棄を行うか、又は経費となる大きな支出がある決算期に行うなど、実行のタイミングが重要になります。
 (3)貸付金の贈与
 贈与税の基礎控除110万円を利用して貸付金を贈与します。相続人の配偶者や孫など多くの親族に長い期間で贈与すると効果がより高くなります。留意点は、貸付金の解消に時間がかかることです。令和6年以降、生前贈与の加算期間が7年に延長されたので、早めに贈与を実行する必要があります。また、贈与をしても貸主が変わるだけで、問題が根本的に解決したわけではないので、いずれまた対策が必要になります。さらに、贈与を受けた親族間で不仲となれば、貸付金の返済を求められることもあります。
 (4)DES(デット・エクイティ・スワップ)
 貸付金を会社の株式と交換すると、貸付金が会社の株式に変わるので、相続税の評価額が下がることがあります。ただし、資本金が増えるため、法人税が増えることがあるなど気を付ける点がいくつかあります。

3.相続後の対策

 事業を継続しない場合には、相続税の申告期限までに会社を解散することも考えられます。その場合は、実際に解散で回収できた金額で評価します。
 しかし、相続後の解散は最終手段と考えていただいたほうがよいでしょう。回収不能の判断時点は、あくまで相続開始時であり、相続後の解散は貸付金の回収不能部分の判断に影響を与えないとする事例が散見されるからです。

4.まとめ

 会社と社長のお財布は一体のような感覚があると思います。しかし、社長の同族会社に対する貸付金を会社から返済を受けないままにしておくと相続財産になります。遺産分割の対象になるため、遺言が無い場合、相続人間での争いの種になる可能性があります。会社を引き継がない相続人が貸付金の回収を主張することも考えられます。
 前述のとおり、相続前の対策は、長時間かかるので計画的に進める必要があり、相続後の対策はハードルがとても高いです。この機会に、会社に対する貸付金について対策をお考えになっていただきたいところです。もし、ご心配になりましたら、ぜひエーティーオー財産相談室にご相談ください。

2024年10月15日

個人から同族会社への土地売買で注意すること

 令和6年分の路線価が7月に公表され、全国平均が3年連続で上昇したようです。東京23区の新築マンションの平均価格も1億円を超えており、不動産価格が上昇しています。さて、法人化をする際など不動産を法人へ売却する時の金額は、どのように考えれば良いのでしょうか。

1.個人から同族会社への土地売買を検討します

 個人が土地を売却すると、譲渡益に対して譲渡税がかかります。譲渡税は、長期譲渡の場合は所得税と住民税を合わせて約20%です。
 自身や親族が株主である同族関係者への売却は、第三者への売却と違い、譲渡税の負担を抑えるためになるべく低い金額で売買をしたいと考える方もいると思います。しかし、時価(相場)よりも低い金額での売買は税務上リスクを伴いますので、いくらで売買するか検討が必要です。
 今回は、株主である個人から同族会社へ土地を売却するケースを、事例を用いて考えてみたいと思います。

2.事例の前提条件

・土地の売買金額 10,000千円
・土地の時価   30,000千円
・売主 個人A
・買主 同族会社B(株主は個人Aが100%)

3.売主 個人Aについて

 売主である個人Aは、売買金額が時価の2分の1未満であった場合に問題が生じます。時価の2分の1未満で売却した場合には、実際の売買金額ではなく、時価で売却したものとして譲渡税を計算しなければなりません。
 上記2の前提条件を基に考えてみますと、
 【時価の2分の1未満であるかどうか】売買金額10,000千円<時価30,000千円×1/2=15,000千円
 上記のように、売買金額は時価の2分の1未満となりますので、時価30,000千円で売却したものとして、譲渡税を計算することになります。仮に長期譲渡(税率20%)に該当し、取得費を概算取得費の5%とした場合(譲渡経費なし)の譲渡税は、以下の通りです。
 【譲渡税】30,000千円×95%×税率20%=5,700千円

4.買主 同族会社Bについて

 次に、買主である同族会社Bについて考えていきます。法人は利益を得ることを目的として経営を行うものですから、その取引は時価で行われることが原則です。
 したがって、同族会社Bが土地を時価よりも低い金額で譲り受けた場合には、売買金額と時価との差額を受贈益として、法人税等がかかります。
 上記2の前提条件を当てはめて考えてみますと、土地の購入金額は時価の30,000千円となり、以下の金額が受贈益として同族会社Bの利益になります。
 【受贈益】時価30,000千円-売買金額10,000千円=20,000千円
 上記の受贈益に対して、法人税等がかかります。法人税等は、所得金額が800万円以下であれば約25%、800万円を超える場合は最大で約35%です。
 なお、上記3で、個人Aは時価の2分の1未満で売却した場合は時価により譲渡税を計算するとご説明いたしました。しかし、法人の場合は、時価の2分の1未満であるかどうかの判定がありませんので、注意が必要です。

5.(参考①)同族会社Bに個人A以外に株主がいる場合

 上記4までは、同族会社Bの株主は、個人Aが100%株主を想定していましたが、個人A以外にも株主がいる場合は、他の株主に対して贈与税がかかるケースがあります。
 贈与税がかかるケースは、個人Aが同族会社Bに対して、土地を時価よりも著しく低い金額で売却したことにより、同族会社Bの株価が上昇してしまう場合です。
 その場合は、個人Aから他の株主に対して上昇した株価相当の贈与があったということになります。

6.(参考②)時価の2分の1以上であっても同族会社の行為計算否認に該当する場合があります

 上記3にて、個人Aは、売買金額が時価の2分の1未満であるかどうかを判定しましたが、時価の2分の1以上であっても問題になるケースがあります。
 同族会社の行為計算否認と言われているもので、その譲渡により所得税の負担を不当に減少させると認められる場合には、時価で売却したものとして譲渡税を計算することになります。
 過去には、土地を第三者へ売却する際に、地上権部分を繰越欠損金のある同族会社を経由して取引したもので、同族関係者間であるがゆえに行われたとして適用された事例があるようです。

7.適正な時価を検討しましょう

 今回は、売主を個人A、買主を同族会社Bとしての税務上のリスクを検討しましたが、同族関係者間での土地の売買は、時価で売買をする必要があります。
 土地の時価の例としては、相続税評価額、公示価格(相続税評価額÷80%)、不動産鑑定士による鑑定評価額、近隣の類似する土地の取引事例等がありますので、事前によく検討しましょう。

2024年9月17日

相次相続控除~立て続けに相続があった場合~

 短い期間に立て続けに相続が発生してしまうと、同じ財産の移転について、相続税を複数回納税しなければならない事態が起こり得ます。そうすると、次の相続までの期間が短かった人は、長かった人と比べて相続税の負担が過重となってしまいます。
 このような場合の相続税負担を軽減するため、相次相続控除という制度が設けられています。今回は、この制度の内容についてご紹介します。     

1.相次相続控除とは

 相次相続控除は、相次いで相続が発生し、それぞれ相続税を納税する場合に、後に納付する相続税から、先に納税した相続税を控除するという制度です。明治時代に初めて相続税法が制定されたときに設けられました。当初は、第一次相続と第二次相続との間が5年以内の場合に、第二次相続に係る相続税から、第一次相続で納税した相続税を全額控除できました。その後の改正により、昭和25年に10年間まで期限が延長されました。また、期間の長短に応じて控除税額に差をつけ、負担の合理化が図られました。
 具体的には、
① 被相続人が、第一次相続で相続等により財産を取得し、相続税が課税されたこと
② 第二次相続で、上記の被相続人から相続等によって財産を取得したこと
③ 第一次相続から第二次相続までの期間が10年以内であること
④ 被相続人の相続人であること
相続放棄をした人や、相続人以外の受遺者は適用対象外となります。
上記の要件を満たした場合に、第二次相続に係る相続税から、第一次相続に係る相続税のうち一定額を控除することができます。

 なお、生命保険金や死亡退職金は、本来の相続財産ではありませんが、受け取った人が相続人であれば相続財産として、上記①や②に該当します。

2.相次相続控除額

 計算方法が複雑なため、具体的な数字でシミュレーションをしてみます。前提は、以下の通りです。

祖父の相続の際に父が納めた相続税…3,000万円
祖父から父が相続した財産の価額…1億8,000万円
父の相続時に相続人の全員が取得した財産の価額…1億円
子が父から相続した財産…1,000万円

① 第一次相続と第二次相続の間が2年の場合
 3,000万円×1億円÷(1億8,000万円-3,000万円)
 ×(1,000万円÷1億円)×(10-2)年÷10年
 =160万円


② 第一次相続と第二次相続の間が8年の場合
 3,000万円×1億円÷(1億8,000万円-3,000万円)
 ×(1,000万円÷1億円)×(10-8)年÷10年
 =40万円


控除額は、第一次相続から第二次相続までの期間に応じ、1年につき10%の割合で逓減した後の金額となります。

3.相次相続控除の注意点

 上記2.では、祖父、父、子の3世代の相続を例としましたが、相次相続控除の適用は親子間の相続に限りません。例えば、父から子、子からその兄弟姉妹に相続した場合でも適用があります。ただし、第一次相続のときに、配偶者軽減等を適用してそもそも相続税の納税額がなかった場合は、適用対象外となります。

4.適用漏れがないか確認を

 相次相続控除は、実務的にはあまり多くない控除です。しかし、相続が立て続けに発生した場合には、適用の可能性があります。もし、適用漏れが見つかったときは、申告期限から5年以内でしたら更正の請求をすることができますので、払い過ぎた相続税が還付される可能性があります。また、遺産分割が決まらず、とりあえず法定相続分で申告をするような場合も適用できます。
 短い期間で相続が続けて発生した方は、適用の可能性があるかどうか確認してみてください。

2024年8月19日

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ATO通信

合理化という名の行政サービスの廃止

 合理化という名目で、税務でも様々な手続きの効率化が図られてきています。最初の大きな流れとしては、河野太郎氏が行政改革担当大臣のときに導入した脱ハンコ制度から始まったのではないでしょうか。今年、そして来年と、立て続けに合理化を旗印に削られてしまうサービスがあるのをご存知ですか。

1. 納付書は送付しない

 従前は様々な手続きで、不要と思えるようなハンコの押印が必要であったのは確かです。日本の今までの文化的背景や、実務慣行をあまり検討せずに早急に脱ハンコを導入したのには賛否両論ありそうですが、押印が無くなったことで便利になったのは事実です。このような合理化への流れの中、国税庁は社会全体の効率化と行政コスト抑制の観点という大義名分のもと、キャッシュレス納付の利用拡大に取り組んでいます。具体的には、キャッシュレス納付への移行を促進させるため、令和6年5月から次のような場合には納付書の送付を行わないことにしました。
 ※送付を行わない主なケース
 ● e‐Taxで申告書を提出している法人
 ● e‐Taxで予定納税額の通知を希望した個人
 ● 納付書を使用しないで納付している法人、個人
 ちなみに、e‐Taxで申告しておらず納付書による納付をしている方には従前どおり送られてきます。(振替納税の方は届きません。)

2. 納税を管理するのは誰?

 e‐Taxで申告をしていると納付書は届きません。電子申告している方なら分かるはず、問題無いでしょということです。しかしながら、納付書が送られてくることには、実際はもっと大事な側面があると思います。それは、物理的に納付書が手元に届くことで、税金の納付を忘れずに思い出す!という一種の歯止め的な意味合いがあったからです。特に、これからは法人税等の中間納付時に要注意です。中間納付では実務上は申告手続きを行わないことが多いため、納付書の存在をもって納税のことを思い出していたのではないでしょうか。納付書の送付という行政サービスが削られたので、今後はあくまでも自己管理が前提です。もしも納付が遅れれば、延滞税が生じることは言うまでもありません。
 しかし実のところ、これによる影響が最もあり負担が増加するのは税理士事務所だと思います。個人の方や、多くの中小企業は税理士事務所に申告業務を依頼しています。そうすると、クライアントの納付管理は自ずと税理士事務所が行うことになるのが目に見えます。税務署は合理化という名の下で、税理士事務所へ納税のお知らせ業務の負担を押し付けたのです。

3. 納付書以外の納付方法

 納付書を使用しない納付手続きとして、具体的には次のものが用意されています。
 ● 振替納税(申告所得税、個人の消費税)
 ● ダイレクト納付(e‐Taxによる口座振替)
 ● インターネットバンキングやATM等での納付(ペイジー)
 ● クレジットカード納付(1回あたり1000万円まで)
 ● コンビニ納付(30万円まで)
 ● スマホアプリ納付(30万円まで、PayPayなど)
 様々な納付手段を用意しているようですが、法人が実際に使えるのはダイレクト納付かインターネットバンキングのいずれかでしょう。なぜなら、振替納税は個人ののみの方法であり、その他の方法は限度額があるため使い勝手が悪いからです。なお、ポイントを上手に貯めて活用できる方はクレジットカード納付も1つの選択肢になり得ます。

4. 収受日付印が無くなる

 紙による申告書の提出を減らしたい意図からでしょう。デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進の一環として、来年の令和7年1月からは申告書や申請書などへの収受日付印の押なつが廃止されます。今までは紙の申告書の控えに税務署が収受日付印を押してくれたため、これが申告書を提出したことの事実として実務上は動いていた部分があります。この行政サービスも一切無くなります。e‐Taxを利用すれば申告内容とその事実がメール通知されますので、是非とも電子申告に移行して下さいという無言の圧力?に感じます。e‐Taxで申告をすれば、その後は納付書が送られてきません。税務署の手間が減るようにと上手に誘導がされています。

5. 国税から広める

 政府が推進するDXのもと、財務省の外局である国税庁は率先して業務の効率化の見直しを進めます。思い返せば、マイナンバーの利用もまずは国税が義務化しました。申告書や源泉徴収票、支払調書などにマイナンバーの記載を求めたことを覚えていると思います。納税という全国民に関係することであるからこそ、政府は国税庁を上手く利用しているのでしょう。

2024年11月29日

金利が上がると相続税評価にも影響

 令和6年3月、日銀はマイナス金利政策を解除しました。そして、日銀の利上げ発表と、総裁の利上げへの言及などを発端にした8月の株式・為替相場の乱高下は記憶に新しいところです。これからの動向が気になりますが、金利が変動するとその影響で相続税評価額も変わるのです。

1. 金利の影響

 日本は長いあいだ低金利の状態が続いていましたから、金利変化とその影響をあまり意識してこなかった感じがあります。実は金利が上昇すると、それだけで相続税評価額が変わるものがあります。ここでは、あくまでも金利が相続税評価額に直接影響するのであって、金利変動が時価相場に影響したということではありません。
 たとえば、定期預金の相続税評価額は、相続開始時に解約したとすれば受け取ることができる既経過利息を加算する必要があります。これは直接的なことですから分かり易いですが、この他どのようなものに影響するのでしょう。

2. 基準年利率

 その前に、まずは相続税評価額を計算するときに使う金利指標を確認しておきます。財産評価基本通達では「基準年利率」という金利指標を用いて計算することが多いです。この基準年利率は、日本証券業協会で公表される利付国債に係る複利利回りを基に算定された数値で、期間に応じて、短期(1年~2年)、中期(3年~6年)、長期(7年以上)の3区分に分かれています。
 基準年利率の昨今の推移をみると、利率が上昇傾向にあることが良く分かります。以下に過去5年程の動向をまとめました。(執筆時点では令和6年6月まで公表)

 ① 短期の利率・・過去5年は一貫してほぼ0.01%だが、令和6年3月から上昇
 ② 中期の利率・・令和4年までほぼ0.01%だが、令和5年頃から少し上昇
 ③ 長期の利率・・令和3年までは0.01%~0.25%ほどだが、令和4年頃から少し上昇
 令和6年は月ごとの適用利率を記載しました。いずれも利率が上昇してきており、長期の利率は1.50%に達しました。今年の後半にかけて、もう少し上昇しそうな気がします。

3. 著作権などの評価に影響

 著作権や特許権、商標権などは、これらから得られる将来の収入を見積もって評価します。将来得られる収入ですから、評価の際には現在価値に割戻す必要があります。そこで基準年利率を用いて計算することになります。
 基準年利率の上昇は割引率が高くなるということですから、相続税評価額は逆に減少します。つまり、著作権などの相続税評価額は、収入見込みが同じであれば今までよりも評価額が減るのです。

4. 信託受益権の評価に影響

 信託受益権は、これを元本受益権と収益受益権に分けて設定することができます。このように受益権を分けた場合にはそれぞれ別々に評価することになり、その際に基準年利率を利用します。基準年利率が上昇すると、①元本受益権の評価額は増加し、②収益受益権の評価額は減少します。元本受益権の贈与をお考えの方は、早めに実行するのが良さそうです。

5. 債務にも影響 

 土地に定期借地権を設定して賃貸している場合、賃借人からは保証金を預かるケースが多いです。相続時には預り保証金は債務として相続財産からマイナスしますが、保証金額そのものを債務計上することはできません。将来の返済ということで割引計算をしなければならないのです。その際に基準年利率を利用します。基準年利率が上昇すると債務計上できる金額は減少します。

6. 得にも損にもなる

 金利が上昇すると相続税評価額が増える、逆に減る、どちらもあり得ます。金利が上がるのを待った方が有利か、それとも不利なのか。ものによっては早めの贈与を検討する必要があるのかも知れません。



2024年10月31日

遺産分割の仕方次第で変わる相続税

 相続人の2人は、相続する土地をどのように遺産分割しようかと考えています。もし、この土地が1筆であるならば、共有で相続するのか、それとも分筆してそれぞれを相続するのか、どちらを選択するのかで相続税に大きな差が生じるかもしれません。

1.次のような土地を考えてみる

 被相続人は2棟の貸家の土地建物を所有していたとします。なお、土地は分筆されておらず、1筆の土地の上に2棟が建っている状態でした。このように、1筆の土地の上に複数の建物があるようなケースは結構あるのではないでしょうか。

 話し合いの結果、相続人甲はA棟建物を、相続人乙はB棟建物を相続することになりました。土地は1筆ですので、この場合はどのように土地を相続すべきなのでしょう。

2.共有で相続すると?

 共有財産は後々トラブルの種になる可能性が高いために共有相続は得策ではありませんが、甲と乙が親子の場合や夫婦である場合などには、一旦共有にするケースもあります。そこで、甲は土地持分の2/3を、乙は土地持分の1/3を相続する場合を考えます。一見、各棟の敷地に相当する土地持分を相続していますから、甲はA棟の敷地部分を、乙はB棟の敷地部分を相続したと本人たちは認識しているかもしれません。ところが、共有では実際には次のような考え方になります。


甲⇒A棟敷地の2/3とB棟敷地の2/3
乙⇒A棟敷地の1/3とB棟敷地の1/3

 つまり、共有では1筆の土地のどこかを特定することはできず、土地全体を持分割合で均等に所有するという考えになるのです。
 そうすると、相続税の計算では小規模宅地等の評価減に影響が生じます。甲が承継したA棟の敷地は200㎡の2/3のため、小規模宅地等の対象面積は200㎡ではなくて約133㎡です。同じく乙の対象面積は100㎡ではなくて約33㎡になります。なんと、貸家の敷地についての限度面積200㎡の全てが適用できると思っていたところ、対象は各棟の敷地面積×持分となることから相続税の負担が増加してしまいました。

3.分筆して各々相続すると?

 あくまで甲はA棟の敷地部分、乙はB棟の敷地部分を相続したいのであれば、あらかじめ土地の分筆をしてから各敷地部分を相続しましょう。この場合には、特定された各棟の敷地部分を相続するので共有のような考え方にはならず、小規模宅地等の評価減も最大限適用できます。被相続人名義のままで土地の分筆ができますので、甲と乙は分筆後の各敷地を単独相続する流れになります。

4.評価単位が変わることもある

 共有の問題点を踏まえれば、分筆して相続するのが税務上もベストだと思われたかもしれません。ところが、何事も100%はないのです。今回の事例の場合はこの考え方で良いですが、駐車場の敷地や広い貸地の場合などはそうとは限りません。共有ではなく、分筆後の各土地を各相続人が相続する場合にはそれぞれ別の評価単位になります。例えば、都内にある500㎡の駐車場を考えてみます。共有で相続するときの評価単位は500㎡のため、地積規模の大きな宅地という取扱いが適用できる可能性があります。これにより土地評価額は通常に比べて20%以上減少します。もし、相続人2人が分筆後の土地250㎡ずつを相続する場合には500㎡未満になり適用できません。このようなときは一旦共有で相続して、その後に分筆、共有物分割をして共有の解消を図れば良いのです。

5.話し合い次第 

 相続後の最終的なかたちは同じであったとしても、過程により相続税が変わる可能性があります。検討したいのであれば、相続人全員の同意のもと柔軟な対応ができる状況が前提になるでしょう。みんなで円満な話し合いができればこそ、税金もお得になるわけです。

2024年9月30日

相続税の2割加算対象外の孫養子?

 相続税の2割加算ルールはご存知ですか?配偶者や子ではなく、兄弟などが遺産を承継した場合の相続税は通常の1.2倍の金額になります。この2割加算の対象者は一般的には孫養子も含まれますが、ケースによっては対象外になることもありえるのです。

1.2割加算の対象者

 相続税の2割加算の対象者を確認しましょう。
 この制度は、①親等(しんとう)の遠い人や親族関係のない人が遺産を取得するのは偶然性が高い(いわゆる棚ぼた)、②孫が遺産を取得すると代飛ばしとなるので相続税の課税機会が減る、などを考慮して相続税の負担の調整を図る意味で設けられています。

■相続税の2割加算の対象者
イ) 1親等の血族(その代襲相続人を含む)及び配偶者以外の方
   ⇒ 兄弟やおい・めい、孫、第三者など
ロ) 上記の1親等の血族には、直系卑属が養子となっている場合を含まない
   ⇒ いわゆる孫養子(孫養子が代襲相続人となっている場合を除く)


 養子はいわゆる孫養子だけが2割加算の対象です。したがって、子の配偶者が養子の場合などは含みません。考えてみれば当然ですが、いわゆる婿養子などは対象外です。

2.加算されてもメリット有り?

 孫は2親等で相続人ではありませんが、養子になれば子と同じ1親等の血族として相続人の地位を得られます。
 相続の1代飛ばしが可能になることから、孫養子を考える方もおられることでしょう。原則として孫養子は上記1.ロのとおり相続税の2割加算の対象者ではありますが、相続税がある程度生じる方は2割増しの税金を負担したとしても最終的にはお得になります。ただし、子世代では得をせず一旦税負担が増えます。税金の先払いであり孫世代まで考えればお得なのだと割り切れる方には良さそうです。

「例」

① 親から子への相続税負担率が40%、
子から孫への相続税負担率が40%の場合
合計税負担率 ⇒ 40%+(1-40%)×40%=64%

② 親から孫養子へ直接相続させる場合
税負担率 ⇒ 40%×1.2=48%

3.代襲相続人は加算対象外

 孫養子であっても2割加算の対象から外れる場合があります。有名なケースは、孫養子が子の代襲相続人になった場合です。親より子が先に亡くなった場合などでは、孫は子の代襲相続人になります。この場合の孫はたとえ孫養子の身分があったとしても1代飛ばし的な意味合いはありませんので、原則に立ち返って2割加算の対象外になるというわけです。至極当然のことです。

4. こんな場合は対象外

 先ほどのケースはよく聞く話だと思いますが、次のようなケースではどうなるでしょう。

 甲乙は実子がいないことから、跡取りとして平成元年に養子をとりました。養子にはすでに子(孫1)がいましたが、養子縁組後に孫2が生まれました。このようなケースで孫を養子に迎え入れた場合はどうなるでしょう。実は孫1と孫2は異なる結果になるのです。

孫1 ⇒ 養子縁組前に生まれているため甲乙の直系卑属になりません。そのため1.ロには該当せず養子になったとしても孫養子の2割加算の対象外です。
孫2 ⇒ 養子縁組後に生まれているため甲乙の直系卑属になります。そのため孫養子の2割加算の対象者です。

 このように、孫養子の全てが必ずしも2割加算の対象になるということではないのです。余談ですが、孫1は甲乙の直系卑属ではないため養子Aが先に亡くなっていたとしても甲乙の代襲相続人の身分にはなれません。

5. 戸籍でしっかり確認

 孫養子という先入観だけで判断するのは危険です。まずは基本に忠実に、戸籍を調べて親族関係を整理しましょう。また、養親と養子の細かな関係性は、法定相続情報一覧図だけでは判断ができません。法定相続情報一覧図があれば万全と思いがちですが、あくまでも民法上の相続人情報を知るための資料です。実子か養子かだけで相続税の計算はできません。相続税の2割加算のほか、基礎控除の計算における養子の人数制限など、影響は多々あります。相続税の申告手引きを良く見ると、養子がいる場合は法定相続情報とは別に養子の戸籍謄本等の提出が必要と抜け目なく書いてあるのです。

2024年8月30日

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今月の言葉

原爆許すまじ

この稿の筆者は、高校生時代の終わり頃「声なき声の会」という市民運動団体に参加していた。この団体の定例の会合は、信濃町駅の裏にある真生会館というキリスト教系の会館で開催されていたが、当時(今から半世紀以上昔)この会館では、ほかの労働組合や市民運動などの会合もよく行われていた。私たちが会合を開いていると、隣の部屋から、「がんばろう!」などの労働歌の声が聞こえてきたりすることもあった。そうした中で、筆者がとくに感銘を受けたのが、「原爆許すまじ」という歌であった。
「ふるさとの街やかれ、身よりの骨うめし焼土(やけつち)に、今は白い花咲く、ああ許すまじ原爆を、三度(みたび)許すまじ原爆を、われらの街に」i
という、どちらかというと暗鬱なメロディの歌であったが、当時は、まだ街に被爆者(ヒバクシャと片仮名で表記されていた)が多数現存されていて、原爆という悲惨な出来事を再び繰り返してはいけないという日本人の決意のようなものがよく伝わる歌であった。
 さて、今月は、たとえば、「核兵器廃絶」というとき、海外の人々と我々日本人とでは、少し感覚が違うのではないかということを書きたい。要約していえば、海外の人々にとって核兵器廃絶とは、大量破壊兵器としての核兵器を使えば、人類が滅亡するという判断が根拠になっているように思うのに対して、日本人のそれは、むしろ残虐兵器としての核兵器への強い忌避感が根拠になっているように感じるのである。
 以下、核兵器というものが人体にどのような影響を及ぼすものであるかを、簡単にスケッチしたい。
 放射線を大量に浴びると身体に重い障害があらわれる。被曝直後には全身の脱力と吐き気、嘔吐が見られ、その後いったん症状は軽快し、約3週から2ヶ月後に脱毛と口内炎が発症する。さらに白血球や赤血球、血小板など血液細胞を作れなくなったり(造血障害)、胃や腸などの消化管の粘膜が傷んだり、脳の機能が障害されてけいれんを起こしたりする。
 こうした急性障害の症状が落ち着いて5ヶ月以上たった後、がんをはじめとする晩発性障害が出現する。放射線は、また、身体を構成する細胞に損傷を与える。細胞の中では、遺伝子DNAからメッセンジャーRNAが転写されて、タンパク質が作られている。放射線の標的はDNAである。放射線はDNA二重らせんを切断する。これによって様々の遺伝子障害が惹起される。ii
 つまり、放射線の被曝による人体への影響は、核兵器の爆発直後から、(もしそれを生き延びたとしても)その後の人生の長い期間に及ぶものであり、場合によっては、子孫にさえも及ぶ可能性があるのだ。
 もちろん、核兵器の大量破壊兵器としての側面に目をつぶって良いということではない。世界には、人類を何回も滅ぼすことが可能なだけの核兵器が蓄積されていて、もしほんとうに核戦争が始まれば、数日を出ずして人類社会は跡形もなく消えてしまうかもしれない。だが、それにしても放射能、放射線の障害がもしなくて、核兵器がただの爆弾に過ぎなかったとするならば、核兵器が飛んできそうな都会を避けて、どこか田舎に穴こもりしていれば、万が一助かるかもしれない。だが、地球規模の核戦争がもたらすものは、地球規模の放射能、放射線障害なのであって、田舎に穴こもりしたくらいでは、避けることは出来ないのである。

i  作詞 木下航二 作曲 浅田石二
ii 広島大学放射線災害医療総合支援センター「放射線を浴びたときの身体障害」
https://www.hiroshima-u.ac.jp/gensai_iryo/aboutradiation/about/effects

2024年11月29日

後宮

 今月は先ずアラビアンナイトの話から始めることにしたい。西暦750年頃に成立した、イスラム教主(カリフ)国、アッバース朝は現在のイラクのバクダードを都にした。そのバグダードの王宮に、妻に裏切られて女性不信に陥った王(カリフ)がいて、ハーレム(後宮)の中から夜ごとの相手を選び、だが朝になると口封じのために一夜の相手を殺してしまうことを繰り返していた。それをやめさせるために、大臣の娘が自ら後宮に赴き、王の相手をする際に、面白い話を語って翌朝の命をつなぎ、夜ごとの物語が千夜に及んだ時ついに王は、娘を許して妻として迎えたというのが、千夜一夜物語(アラビアンナイト)の能書きである。

 イスラムに限らず、それ以前の古代オリエント、アッシリアやペルシアなどでも、一夫多妻制の文化を持つ国では、王朝にハーレムと宦官がつきものであったらしい。一夫多妻制の考え方は、権力や甲斐性があって、多数の女性を養う能力のあるものだけが多くの妻を持つことが出来るというものであって、おなじ中東由来のキリスト教やユダヤ教のように、階級や社会的立場に限らず、「神と約束した一夫一妻制」をとる宗教というのはむしろ少数派であったようだ。いずれにしても、ハーレムの存在は、一夫多妻制の文化の帰結であり、権力者が「血の純粋性」を維持するために多数の女性を後宮に隔離し、他の男性に接触させないための手段であったと言える。イスラム史上最も有名なハーレムは、テレビドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」で知られる15~16世紀オスマン帝国のもので、コーカサス出身の美人奴隷を買い入れ、イスタンブールのトプカピ宮殿の奥に一時は千人に及ぶ後宮を形成したと言われている。この女性達を監督したのが、黒人奴隷出身の宦官であり、黒人の宦官長はやがて表の宰相に対する裏の最高権力者となっていったという。

 このような、後宮と宦官のセットは、儒教文化に基づく中国の王宮にも存在した。中国においても(儒教の始祖の孔子は春秋時代の人だが、それより前の)周の時代から、一夫多妻制と、後宮への女性隔離はあったようだから、必ずしもこれは儒教文化に基づくものだけとは言えず、広く東洋の一夫多妻制文化の帰結であると言える。いずれにしても、中国の各王朝においても、後宮と宦官はつきもので、また歴史的に見ても、後宮と宦官は権力抗争の主要な要素の一つであったと言える。

 ちなみに、儒教思想の下では、後宮と宦官という「裏」のシステムを経ないで、女性が「表」の権力を握ることは強く忌避された。中国史上その禁を犯して「表」の権力を握った女性は、唐の前半期に出現した則天武后(一時ではあるけれども「周」という国号を立てて女帝となった)だけであろう。

 則天武后はそれ故に自己の治政下では儒教に替えて仏教を重んじたが、その死後儒教思想が復活すると、武后の世はその斬新な治政にもかかわらず、否定的にしか評価されなかった。

 さて、我が国はと言えば、すくなくとも室町時代くらいまで、京都の宮廷に明確な女性隔離の思想はなかった。一夫多妻制ではあったのだが、たとえば源氏物語などを読むと、天皇が「血の純粋性」を維持するための努力を怠っていて、他の貴族が夜ひそかに后や妃の元に通ったりしている。

 江戸時代、徳川氏が国内安定のために儒教秩序を導入してから、武家文化の中では「大奥」という一種の疑似後宮が生まれたが、江戸の大奥が他の東洋の国々の後宮やハーレムと決定的に異なるのは、宦官を置かなかったことである。その代わりに大奥には、将軍の妻妾とは異なる役割の女性の「年寄」が存在し、この者がかなりの程度に政治的発言力も持つことになったのである。

2024年10月31日

おかずとシリアル

 シリアルと言うと、コーンフレークとかオートミールとか、なんだか箱に入っている朝食用の穀類で、西洋人が牛乳を掛けて食べるようなイメージがある。が、シリアルとは本来上記を含む「穀物」「穀類」という意味である。だから、我が国で言えば、白米、ご飯。中華の饅頭や餃子の皮、イタリアのパスタやピザ生地、みんな広義のシリアルである。で、今月はこの稿の筆者が、各国の食物の中では、「おかずとシリアル(穀物)」を一度に食するものが好みであるということを書きたい。以下後述をご覧いただければおわかりのように「おかずとシリアルを一度に食するもの」とは、概念としてはファーストフードにほぼ近い。
 先ず我が国では、なんと言っても、おにぎり及び丼ものが「おかずとシリアル」の代表選手である。
 おにぎりの起源は古く、奈良時代初期、元明天皇の詔により日本各地で編纂された「風土記」のひとつ「常陸国風土記」に「握飯(にぎりいい)」の記述が残る。また、1221年の承久の乱で、鎌倉方の武士に兵糧として梅干入りのおにぎりが配られ、これをきっかけに梅干が全国に広まったとされる。ⅰ おにぎりには丸い野球ボール型のものと三角形のものがあり、前者は帝国陸軍、後者は帝国海軍に由来するという話もある。丼ものの歴史は比較的浅く、天丼が江戸時代、カツ丼や親子丼は明治以降となる。中華料理においては、(饅頭はただのシリアルに過ぎないので)肉入りや餡入りの饅頭、春巻き、餃子等の点心類が「おかずとシリアル」の代表である。肉まんについては、諸葛孔明が南征の途上、川の氾濫を沈めるための人身御供として生きた人間の首を切り落として川に沈めるという風習を改めさせようと思い、小麦粉で練った皮に羊や豚の肉を詰めて、それを人間の頭に見立てて川に投げ込んだところ、川の氾濫が静まったという起源説話がある。ⅱ
 次に西洋に移ろう。英国代表は、サンドイッチとパイ。カード博打好きのサンドイッチ伯爵の話は以前本欄に取り上げた。フランス代表は、カスクートという細長いフランスパンに、ハムやチーズを挟んだものだろうか。意外なのはドイツ代表。ハンバーガーの起源はアメリカではなく、ドイツはハンブルクで船乗りらに売られていた料理“Hamburger Rundstück”(「ハンブルクの丸いもの」という意味で、牛肉のステーキと目玉焼きを半切のパンにのせていた)がアメリカへ伝わり、「ハンバーガー」と略称されるようになったという。ⅲ もう一つのアメリカの国民食ホットドッグもドイツ由来。ホットドッグの発祥は、19世紀中盤。アメリカへやって来たドイツ移民が、フランクフルトで食べられていたソーセージ「フランクフルター」を持ち込んだことが始まりと言われている。
 イタリア代表は、パスタとピザ。パスタがいつ歴史に登場したか、はっきりとしたことは分かっていない。古代ローマで主食にされたプルスという食べ物がその元祖と言われている。これは小麦やキビなどの穀物を粗挽きにし、お粥のように煮込んだもの。同じく古代ローマ時代に存在したテスタロイは、その粥を板状にして焼いたもので、ピッツァやラザーニャの原型に近いものと言われている。中世を迎えると、パスタを生のままスープに入れたり、ゆでてソースとあえるようになったと考えられている。13~14世紀のイタリアでは、パスタは一般家庭に普及するようになり、15世紀にはスパゲティの元祖ともいえる棒状の乾燥パスタが作られていたようだ。ⅳ
 なお、メキシコ代表としてトウモロコシ粉のタコス、トルティーヤも忘れてはなるまい。

ⅰ 一般社団法人おにぎり協会「おにぎりの歴史」 https://www.onigiri.or.jp/history
ⅱ Wikipedia 饅頭(中国) — 『事物紀原』卷九の酒醴飲食部四十六
ⅲ Wikipedia ハンバーガー
ⅳ 日清製粉グループ 小麦粉百科 パスタの起源 https://www.nisshin.com/entertainment/encyclopedia/pasta/pasta_03.html

2024年9月30日

恋愛ホース論

 昨月号の本欄では、世界の国々が経済発展を遂げて、いわゆる成熟社会になるにつれて、人民は次第に自由主義、民主主義を求めるようになり、今日先進諸国がよく言う「共通の価値観」を分かち合うようになる(と、信じたい)という話を書いた。
 一方で、成熟社会なるものには、これまでの人類社会の爆発的とも言える成長とは異なる、あらたな特徴が生じていることも見逃すわけにはいかない。
 まず「衣食足りて礼節を知る」ではないが、成熟社会においては、地球の他の国々に比較して概ね食糧は満ち足りていて、医療技術も進んでいるので、簡単に言えば、人が死ななくなる。人が死ななければ当然平均寿命は延びて、高齢化が進む。一方で、日々の糧を稼ぐためにではなく、男女が共に個人としてのやりがいや達成感のために仕事をするようになり、結果として避妊技術の進歩をベースに、結婚時期が他の社会よりおそくなり、且つ結婚しない者も増えてくる。さらに性的多様性への社会の理解も深まり、「男女が夫婦になって、社会の労働力を担う子供を産むことだけが価値」であるような社会から、価値観も多様化する。要すれば、社会の出生率が低下し、少子化が進む。以上が、成熟社会の少子高齢化と言われる現象のスケッチである。
 が、本稿で述べようとするのは、(おそらくこの少子高齢化現象とも無縁ではないのだろうが)もうすこし、社会の上部構造というか、文化や人々の心の持ちようについての話である。
 これは、この稿の筆者の世代が生きている間だけでもかなり変化してきたことなのだが、この頃の我が国では「炎のような恋愛」に身を灼く若者が明らかに減ったように感じるのである。時代をわれらの青春時代である昭和戦後期ではなく、もう少し昔の明治・大正期まで広げれば、大半の国民が親の決めた配偶者と、現在よりもかなり若年で結婚する習俗があった一方で、いわゆる「駆け落ち」や「不倫」(第二次世界大戦前の日本では、既婚女性の不倫は法律上の犯罪であった)をいとわず「炎のような恋愛」に身を託す者もまた多かったし、なによりもそうした「やっちまった」恋愛ではなく、単なる心の中で、自分の手の届かない異性を恋い焦がれる経験に至っては、おそらく数割の国民が共有していたのではないかとすら想像されるのである。翻って、今日の同棲合法、16歳以上の性交は己の判断で出来るという、たいへんけっこうな社会に生きている若者らが、どのような恋愛関係をもっているのかを考えると、「親の許しも得ずにつきあう」「一緒に住む」という環境自体は百年前の若者達が涎を流して羨ましがるであろうものが用意されているにもかかわらず、その心の持ちようは、必ずしも「炎に身を灼く」ものではないように思われる。
 それは何故か。理由は明白で、今日の恋愛には禁忌がないからである。恋というものは、禁じられるから燃えさかるのであって、何もかも許されるような「何でもあり」社会では、恋愛は、日常の飲食と同様なものに過ぎず、べつにその度に顔を赤くしたり、興奮したりするようなものではないのではないか。この稿の筆者は、上記の考えを「恋愛ホース論」と呼んでいる。すなわちホースを通過する水の量が一定である場合、ホースの口を締めて水が通過する経口の面積を小さくすれば、水は勢いよく遠くに飛ぶが、経口面積が広ければ、水はポタポタとホースの口からこぼれ落ちるのみである。よほど巨大な量の性欲の持ち主でもない限り、「何でもあり」社会の恋愛ホースで水を遠くに飛ばすのは難しい。かといって勿論、禁忌を復活せよというのではないのだが。

2024年8月30日

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